親鸞仏教センター

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

親鸞仏教センター

The Center for Shin Buddhist Studies

― 「現代に生きる人々」と対話するために ―

表紙 2
今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教(特集趣旨1/30)
今、改めてメディアを問う ―その過去・現在・未来、そして仏教― 親鸞仏教センター嘱託研究員 伊藤 真 (ITO Makoto) 親鸞仏教センター研究員 宮部 峻 (MIYABE Takashi)  親鸞仏教センターでは、2001年の設立以来、雑誌『añjali』を毎年2回(6月と12月)発行してきました。...
表紙 2
大根・仏教・メディア
大根・仏教・メディア 『フリースタイルな僧侶たち』編集長 稲田 ズイキ (INADA Zuiki) 「稲田さんは僧侶として情報発信をされてますが」    ごくたまに取材などで初めて会った方に、このように言われることがある。いつも私はこの言葉にモヤモヤする。情報発信、うん、情報発信と言えるのだろうか。わからない。...
表紙 2
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて 浄土真宗本願寺派僧侶 仏教伝道協会出版事業部課長 江田 智昭 (EDA Tomoaki) 「お寺の掲示板大賞」とは何か?  お寺の門前に設置されている掲示板を使った布教を仏教界では「掲示伝道」と呼んできた。掲示伝道がいつ始まったかは明らかではないが、佛教大学の大谷栄一教授によると、それは明治時代には既に行われており、大正時代には掲示伝道に関する『名句集』が出版されていたとのことである。...
表紙 2
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮―
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮― 大阪大学特任講師 ブレニナ・ユリア (BURENINA Yulia) 「メディアとは自己を仮託する文化装置である」。  この命題を提起したのは、社会学者の加藤晴明だ。  加藤は個人のメディア経験から議論を立ち上げる必要があると問題提起をし、「一人称メディア」「自分メディア」「メディア版自己」といった概念を用いて、自己語りの文化装置(物語装置)としてのメディアの側面に注目する。そして、メディアを単なる情報の媒介物としてではなく、自己と深く関わる表現装置として捉える(加藤晴明『メディアと自己語りの社会学 「自己メディアの社会学」改題・改訂版』〔22世紀アート、2022年、初出2012年〕を参照)。...
飯島孝良顔写真
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって 親鸞仏教センター嘱託研究員 花園大学国際禅学研究所専任講師 飯島 孝良 (IIJIMA Takayoshi)  これまで、世界中でどれくらいの人びとが接したかわからないが、少なくとも自分には福音書は読むごとに不可解な衝撃を与える書である。そもそもは大工の息子で律法学者でないイエスが、数多くのたとえ話でユダヤの常識やルールを根柢から見つめ直すよう促していく。更にイエスは病を癒し、悪鬼に憑かれたとされる者を解放し、差別される者たちに寄り添おうとした。そうした行動が多くの支持者を集めつつあることはユダヤ当局から危険視され、最終的には無惨に十字架上で殺されるに到る。そうして、付き従っていた者どもは悉くイエスを見棄て、果ては最も身近で信頼していた筈の弟子たちが、自らの師の下から逃亡していったのである。イエスはというと、刑死に際して「我が神よ、我が神よ、どうして私をお見棄てになるのですか」(マルコ伝十五:34、マタイ伝二十七:46)と絶叫するほかなかったのだという。...