涅槃寂静ということ 越部良一 KOSHIBE RYOICHI
親鸞は『唯信鈔文意』で、「涅槃」の別名の一つである「法身」について、「法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり」(『真宗聖典』第二版 、東本願寺出版)と言う。涅槃は、心で捉えられず、言葉にならず、知られぬものである。無限なるものである。この無限者が、一体どのようなものなのか、引文をたよりに指し示してみよう。
法然の弟子、教阿弥陀仏は、もと「人をころし財をかすむるを業として世をわたりけるが、としたけて後、上人の化導に帰し、出家して教阿弥陀仏と号しけり」(『法然上人絵伝(上)』、第二十巻、岩波文庫)。この教阿弥陀仏に法然が言う、「まことの心にて」申す念仏は、「夜さしふけて見人みるひと もなく、聞人きくひと もなからむ時、しのびやかに起居て」(同上)申すのであると。
涅槃とは寂静である。静かな境地である。心騒がしく、落ち着かぬ、そうした状態に真向かいになって、そうした状態の真反対のものとしてある。
小林秀雄は言う、「私達は皆ひそかにひとり悩むのだ。それも、悩むとは、自分を審さば くものは自分だという厄介な意識そのものだからだ」(「良心」『考えるヒント』、文春文庫)。
伝法然は言う、「しづかにおもひはんべるに、妄想顛倒のそこには有為うい の相続ねぶりいまださめず。悪性あくしょう 邪見のくるしみさかんなれば、法性の月いまだあらはれず」(「本願帰命之十ケ条」『昭和新修法然上人全集』、平楽寺書店)。
寂静は自身の内に、もともとあるものではない。寂静は真夜中の仏像である。もしも、しのびやかに起き居ることが、その仏像に相応しているなら、しのびやかに起き居るところに寂静はある。ひそかな心の騒がしさ、そのひそかであることに相応し、その騒がしさを乗り超えて、寂静はやって来たのであろう。
「この心を得なばかならずしも、夜にはかぎるべからず。朝にても昼にても暮にても、人のきくはばかりなからむ所にて、つねにかくのごとく申べし」(『法然上人絵伝(上)』)。「かくのごとく」とは、真夜中にひとり仏に向かうがごとく、である。
涅槃と共に人は生きる。人のまことのあり様は、世間には知られぬものである。
越部良一 KOSHIBE RYOICHI
親鸞仏教センター嘱託研究員、法政大学・日本大学・立正大学、各非常勤講師。
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『現代と親鸞』第52号
■ 研究論文 大胡 高輝『教行信証』における『十住毘婆沙論』引文の位置(上) ――入初地品引文の焦点をめぐって――
徳田 安津樹近代教育学古典研究による「教育」と「宗教」の再配置 ――昭和初期におけるペスタロッチ受容を事例として(一)――
■ 「宗教と教育」研究会 岡野 八代 ケアの倫理からみた人間観
■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会 髙橋 昌明 戦後日本中世史学における(被差別)身分研究の流れ
■ 連続講座「親鸞思想の解明」 本多 弘之 本願回向の行信 ――『一念多念文意』を読み解く―― (3)
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『añjali』(あんじゃり)第45号
(2025年12月)
■ 特集 田中 瑛 「私たちは「本音」とどう向き合うか? ――「ポスト真実」の課題と対話」
辻󠄀 浩平 「ナラティブの衝突をどう乗り越えるのか――「境界」を行き来する」
栖来ひかり 「チェン・チェンポー? たん・てんぽー? ――小惑星「陳澄波」をめぐる台湾の多声性(ポリフォニー)」
柳澤 田実 「現実を肯定するためのファンタジー――ディズニーとPIXAR」
河野 有理 「親鸞はジャズ・ブルースである――藤田省三の「歎異抄ノート」をめぐって」
■ 連載 本多 弘之 「「よりどころ」を求めるということ」
■ Essais マーサ・ナカムラ 「「おしゃれ」との出会い」
北川 眞也 「地図にならない「地」を踏みしめて――地下という垂直空間からの地上への問いかけ」
金 承福 「本の街・神保町で韓国の本屋を開きました。」
■ 交差点 大胡 高輝 「ひめやかな愛惜について」
繁田 真爾 「「土崩瓦解」する世界と、「完全なる立脚地」」
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■ 巻頭言 古い時空について
研究員 大胡 高輝
■ 連続講座「親鸞思想の解明」報告 いなかのひとびとということ
講師 本多 弘之
■ 外部講師招聘研究会 ケアの倫理からみた人間観 講師 同志社大学大学院 グローバル・スタディズ研究科教授 岡野 八代 氏
研究員 徳田安津樹
■ 第9回清沢満之研究交流会 清沢満之「精神主義」を再考する ―研究交流会の成果と課題Ⅰ―
■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会 戦後日本史における(被差別)身分研究の流れ 講師 神戸大学名所教授 髙橋 昌明 氏
研究員 菊池 弘宣
■ 聖典の試訳(現代語化)『尊号真像銘文』末巻
愚禿釈親鸞の『正信偈』の銘文4
研究員 菊池 弘宣
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■ 巻頭言 哀しみと悲しみ
副所長 加来 雄之
■ 連続講座「親鸞思想の解明」報告 本願自身が身になる
講師 本多 弘之
■ 第6回「現代と親鸞」公開シンポジウム 戦後歴史学と宗教研究 —— 教科書からこぼれおちたものを 「民衆」・「宗教」からみる——
研究員 飯島 孝良
■ 「宗教と教育」研究会 「教える」という営みの豊かさを探る
研究員 徳田安津樹
■ 近現代『教行信証』研究検証プロジェクト <プロジェクトメンバー座談会> 近現代『教行信証』研究の 「これまで」と「これから」所感 研究員 大胡 高輝
■ 聖典の試訳(現代語化)『尊号真像銘文』末巻 愚禿釈親鸞の『正信偈』の銘文3
研究員 菊池 弘宣
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過去が今に触れるとき ―記録と記憶の交差する空間で― 磯部美紀 ISOBE MIKI
東京国立近代美術館で開催中の企画展「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」を訪れた。タイトルもポスターもどこか控えめで、通りすがりには静かな佇まいに見える。それでも夕暮れ時の館内には、仕事帰りの会社員や海外からの観光客など、様々な人々が足を運んでいた。
昭和100年、戦後80年の節目にあわせて開催された今回の企画展は、「時代を映し出す鏡」とも呼ばれる美術を手がかりに、1930年代から1970年代までの時代とその文化を振り返る構成になっている。「戦争記録画」を含む絵画のほか、当時の新聞や雑誌、絵葉書やポスターなどが展示される空間には、静かな空気が満ちていた。一つ一つの作品が訴えかける声に耳を傾けようとすると、どこかに飲み込まれていくような感覚を覚えた。
なかでも足がとまったのは、「よみがえる過去との対話」のコーナーに掲げられた一枚の絵、石風呂環(いしふろたまき)による《長女を火葬し、行方不明の次男の無事を祈る》(1974-75年)である。これは、広島平和記念資料館所蔵の「市民が描いた原爆の絵」の一つにあたる。薪の上に直接横たわっている少女はすでに火の渦の中にあり、その傍らには涙を流しているようにも見える父親が腰を下ろしている。
描かれた情景の上には、画面半ばまで作者自身の言葉が綴られている。右側には、「長女尚子(三才)を自分で焼く……『私も行く。先に行つて居て呉れ』と、手を合す……元気な子を焼くのだ 可愛想だ 見て居られない 気が狂いそうだ これが現世とは、思へない地獄だ」とあり、幼き娘を自ら火葬せざるを得ないやるせなさが見てとれる。左側には、「あれから三十年 死んだ二人の子にすまんすまんと、生きてきました。親の責任だ 赦してくれ、小供達。約束を守らず、(勇気がなかつた。)」と記され、作者自身の死別後の歩みと、亡き子への思いが綴られている。
筆者の言葉を目で追い終わると、私の視界はぼやけていた。それは、自らの手で我が子に火を放たねばならない親の苦しみに心を寄せたからなのか。あるいは、個人の力を超えたところで生じる出来事にもかかわらず、自責の念にかられてしまう、そのやりきれなさに胸を突かれたからなのか。
私の直接の記憶にないはずの戦争が、過去の出来事ではなく、今ここで迫ってくるようなものとして感じられた。それは、史実を伝える「記録」としてではなく、私の身体に入り込んで再構成され、体温を帯びた「記憶」として立ち現れていたのではないだろうか。
過去は遠く隔てられたものではなく、ふとした瞬間に今と重なる。その重なりによって生まれる出会いは、決して穏やかなものばかりでない。時に痛みを伴い、ざらついた感触を残すこともある。しかし、そのざらつきこそが、忘れずに見つめ続けるべきことの一端なのかもしれない。記録と記憶の交差する空間で、そうした思いを静かに受け取った。
磯部美紀 ISOBE MIKI
親鸞仏教センター研究員、日本体育大学非常勤講師、 関東学院大学非常勤講師、跡見学園女子大学兼任講師。
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あちらとこちら (彼岸ってなぁに?)
お彼岸とは、昼と夜の長さが同じになる春秋の中日(秋分の日、春分の日)をはさんで、前後一週間のことを言います。この7日間を、多くの寺院などで、大切な学びの期間として仏教行事をつとめます。それを「彼岸会(ひがんえ)」と呼びならわしています。
浄土真宗では、春秋の彼岸を「暑からず寒からず、仏法修行のよき時節」(蓮如上人『御文(おふみ)』と、自分をみつめなおす学びの時と受けとめています。
「彼岸」は、文字通り、あちらの岸、という意味で、さとりの世界をあらわします。それに対して、「此岸」、こちらの岸はまよいの世界をあらわします。
彼岸から呼びかけられていることを教えられて、はじめて私たちはこちらの世界の思いに閉じこもっていたことに気づかされます。
私たちに見える世界が、あちらとこちらとの二つになると、私たちの生き方に方向が生まれます。
その方向とは、こちらからあちらの世界に眼を向けるという方向です。しかし、あちらを想うのは、こちらでの生き方を思い返すためです。つまり、その方向は実は、あちらの世界から照らされてこちらの世界での生き方が変わってくるという方向でもあるのです。
お彼岸の中日には、太陽が真東から上り、真西に沈みます。浄土教では、西方に阿弥陀仏の世界があると教えられます。その意味で、お彼岸は、浄土を真向かいに想うにふさわしい時とされてきたのかもしれません。
また西は、私たちの忙しい一日の営みが終わって、帰っていく安らぎの場所をあらわしています。その本当に帰ることができる場所は、すでに私たちを照らし続けていた世界です。西は具体的な方角ではなく、本当の世界に想いをかけなさいという促しなのです。
お彼岸は、あちらとこちらの往還を想う機会かもしれません。
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一教師、仏教の学び方を知る 徳田安津樹 TOKUDA ATSUKI
私は教師である。単に職業として学校で教員を務めているだけでなく、生き方として教師であることを、私は選択した。寺の子弟でもなければ、真宗学の素養もなく、親鸞思想を学問的に学んできたわけでもない立場でこのように親鸞仏教センターで職を得ることになったのは、奇妙な縁である。しかしもっと奇妙なことに、当センターに勤めるようになってから、私はかえって、自分が教師であることについて、つまり「教える」ということを本分として生きる者であることについて、いっそう自覚を深めることになった。この逆説的な事態は個人的にも面白いと思っているし、多くの人にとっても興味深く思っていただけるものと期待しているので、そのことについて整理したものをここに記してみたい。
私が教師の道に進むことを決断する契機となった出来事はいくつかあるが、そのうちの一つを紹介させていただきたい。初めて高校で授業を受け持ったとき、私は教員としての職務をまっとうするための理想のあり方として、生徒から出てきたどんな言葉に対しても全力で応じる、ということを心に決めていた。この姿勢自体は悪いものではなかったと思うが、初めて教鞭を執ったということもあり、力加減が分からず、生徒の質問、解答、レポート等について細部に至るまでチェックしてコメントし、それだけで済ませればよかったのだろうが、一つでもあやしいところがあれば逐一指摘するということを厳格に行っていたため、一部の生徒から「厳しすぎる」との声が上がり、結果的に自分の未熟さと傲慢さとを痛切に思い知らされることになった。このような状況のなかで、しかし学期末に取ったアンケートに次のような回答があった。一人の生徒が、授業の良かった点として、「一人一人に真摯に向き合って対応してくれる点」を挙げ、その上で、「たくさん時間を割いて私たち生徒一人一人の学習を助けてくださる姿勢を見て、私も友達一人一人を大事にしようと思い、人との接し方が変わったと思います」と書いてくれたのである。多くの人にとってはありふれたコメントの一つに見えるだろう。しかし私は、それを見た途端、何とも言えない喜びと、「こんなにいい仕事が他にあるだろうか!」という感動で満たされたのである。
オランダ出身の教育学者ガート・ビースタ(Gert J. J. Biesta, 1957-)であれば、私が理想とし、また生徒の一人が拾い上げてくれた「向き合う」という姿勢を、「応答責任」(responsibility)という言葉で表現するだろう。応答責任は「説明責任」(accountability)と対比的に語られるものである。説明責任が技術的・経営的な文脈で使われ、統治・管理システムとしての責任(例えば、学費に見合う教育水準や合格実績を保持しているかどうか)を意味するのに対し、応答責任は、あらゆる形式性を持たず、誰とも代わることのできない唯一の個人として他者の求めに応じる責任を指す。それは現実において他者と交流するときに現象し、具体的な実感を必然的に伴うものであるが、ビースタはこの応答責任を、教育的な関係性を構築するための本質的な要素として位置づけている(藤井啓之・玉木博章訳『よい教育とはなにか――倫理・政治・民主主義』白澤社発行・現代書館発売、2016年、77-107頁)。「向き合う」という姿勢は、教師の本質をなすものなのである。だとすれば、あの生徒は、「一人一人を大事にしよう」と思い、「人との接し方が変わった」と感じていた時点で、私が理想とする教師という生き方に、何らか参与してくれたことになるだろう。
ところで、この話を当センターの同僚である大胡研究員にしてみたところ、「それは真仏弟子の話に似ていますね」という反応があった。親鸞思想に学問的に取り組んできていない私には真意が分かりかねたが、何か重要なヒントが示されたようにも思われた。幸いにも、同じく同僚である青柳研究員は博士学位請求論文として「親鸞の仏弟子観 」を発表しており、つまりは「真仏弟子」の専門家である。そこで同論文を通読したところ、確かに先に述べた私の経験と共鳴するところがあるように感じ、また、その出来事をより深い次元でつかみ直すことができたという感覚があった。
以下、先の経験がいかなる出来事であったのかについて、青柳研究員の前掲論文(以下、「青柳論文」と略す)を参照しながら、私なりに咀嚼したものを記してみたい。ただし紙幅の都合上、全容をここに記すのは難しい。そこで今回は差し当たり、仏の教えを前提としない一教師にとって、なぜ「真仏弟子」が問題となるのかをまとめておこう。
最初に確認すべきこととして、「真仏弟子」とは、文字通り「真」の仏弟子(仏の教えに基づいて生きる者)のことである。平易には「本物の仏教者」と表現することも可能だろうが、「弟子」という言葉が使われていることが個人的には重要である。さて、「偽」でも「仮」でもない「真」の仏弟子であることを成り立たせるのは、ひとえに「信」ないし「信心」である(青柳論文2-3頁)。この「信心」とは何であるのかについては、さまざまな語によって説明されるが、その含意を極限まで切り詰めた表現が、かの「二種深信にしゅじんしん 」であろう。「二種深信」は『教行信証』の要と思われ、本来ならこれについて語ることに力を注ぐべきであるが、今回は脇に措かせていただきたい。ここでは、その「信心」が「仏のはたらきによってしか実現しえないものであり、人間の自力心とは全く質を異にする」(同3頁)ものであることだけ確認しておけば十分である。私の関心はむしろ、その「信心」を得た「真仏弟子」とはいったいどんなあり方をしているのか、ということにある。このことについて集中的に述べられているのが「真仏弟子釈」、つまり「真仏弟子」はどのような存在であるのかについての親鸞による解釈である。それは『教行信証』のうち「信巻しんのまき 」の半ばあたり(『真宗聖典』初版245-251頁)で展開されている。
ところが青柳論文は、「真仏弟子」を探究するにあたって問題を「真仏弟子釈」の箇所だけに留めない。むしろ、『教行信証』全体にまで視野を広げた上で包括的にとらえようとし、その際、とりわけ「信巻」と「化身土巻けしんどのまき 」という二つの巻に焦点を当てながら、「真仏弟子」のあり方を具体的に明らかにしている。これは青柳論文の大きな特徴であり、しばしばある見解のように「化身土巻」をその前の五巻のオマケとして扱うのではなく、それ自体に固有の、そして不可欠の課題があることを論じている(青柳論文57-63頁)。この手法は私にとっても非常に有益で、後に見るように、これによって「真仏弟子」の理解が拡張されたことで、「真仏弟子」は私にも議論しうる存在となった。
さて、青柳論文は、「信巻」のはじめに掲げられているいわゆる「別序」(『真宗聖典』初版210頁)を、「信巻」のみに付せられた「信巻」固有の序文ではなく、「化身土巻」まで至る、「信巻」以降の四巻すべてを包括する文章としてとらえている。その上で、「別序」のなかで、「信心」を得るための必須の条件として「如来選択にょらいせんじゃく の願心」(阿弥陀仏が修行中の地位にあって衆生救済のために誓願を選び取った心)と「大聖矜哀だいしょうこうあい の善巧ぜんぎょう 」(釈尊が憐れみにもとづいて行った衆生に対する巧みな導き)が示されていることを確認し、この二つの要件が、それぞれ「信巻」と「化身土巻」に対応する課題であると見なす(青柳論文11頁)。つまり青柳論文によれば、「信心」は仏のはたらきによってのみ成り立つが、親鸞は、この仏のはたらきを「回向」(阿弥陀仏による衆生への信心の振り向け)と「方便」(衆生を信心へと導く具体的な方法)とに分節して、その上で、二巻のそれぞれでその具体的なあり方を検討しているのである(同35頁)。
このような二つの要件が掲げられていることは、まずもって、「信心」が起こるためには阿弥陀仏だけでは不十分である、ということを意味している。むしろ釈尊、および釈尊の教えを伝える「善知識」(仏道に導いてくれる人、このコラムでは特に「師」たる人を想定している)が絶対的に必要である。無限の存在たる阿弥陀仏のはたらきは「善知識」を通して実現するのであり、「善知識」を通してのみ衆生は阿弥陀仏の「願心」を受け取ることができる。
そのなかで「化身土巻」の固有の課題は、阿弥陀仏による無限なる摂取のはたらきの具体相において必然的に突きつけられる、衆生の現実のあり方である。つまり現実問題として、衆生は、仏の教えに出会いながらも、その教えを真の意味で生きることができないのであり、いつでも「偽」(仏の教えではないあり方)に転げ落ち、あるいは「仮」(自力によって往生を目指すあり方)に執着してしまう。「化身土巻」が主題とするのは、仏の大悲がそのような衆生をいかに摂取するかという問題であり、そのはたらきは畢竟、「善知識」による教化の問題として具体化される。衆生に仏の教えを伝えるのが「善知識」であり、衆生を仏道へと回復させるのもまた「善知識」である(同57-73頁)。
以上の構図がきわめて興味深く感じるのは、私の個人的な事情による。つまり、あくまで外部の者として仏教に接している私からすれば、目に見えない根源的なはたらきについて語る「真実」の問題よりも、具体的・現実的な地平に現れているはたらきについて語る「方便」の問題の方が、はるかに理解しやすい。なぜなら、出会っている一人一人については、その存在をリアルに実感する余地があるからであり、これに対し、すべてのものの背景にある「大悲」なるものは、現実感を欠くように思われ、私にはその存在を正面から受け取ることができないからである。「大悲」の物語的表現としての「本願」や、その成就についても同様である。たとえその物語にある種の深い感動を覚えるとしても、だからといって根源的な働きの実在を肯定することに結びつくわけではない。しかし、「方便」についてはそうではない。現実に生き、そして現実に教えを説いた人間については、私自身の実存に直接かかわりうる問題として、その意義がよく理解できるのである。
しかも、「善巧」と言われているからには、「方便」の問題は、むしろ私の関心のど真ん中にあたる。つまり、その語が示唆するものを汲み取るならば、釈尊や諸仏、つまり「善知識」たちは、具体的な場面において、それぞれの状況に応じて、人びととの触れ合いのなかで、それこそ一人一人に真摯に向き合って・・・・・・・・・・・・・ 教えを説いたに違いない。だとすれば、それはまさに教育の問題である。実際、「化身土巻」の主題に鑑みれば、親鸞がこの巻で注意を向けようとしているのは、「善知識」による時間と労力をかけた根気強い応答ではないだろうか。この巻で「信心」の問題が、各人の内面における無限なる阿弥陀仏との一対一の対峙による個人的な回心ではなく、師による絶えざる向き合いにおいて現実化していることを踏まえるならば、「真仏弟子」の議論は、教育の問題として真実味をもっている。
念押ししておくが、私は仏教徒になりたくてこのような議論をしているわけではない。というより、正確には、「大悲」や「信心」といった言葉が、私にとって何を意味しているのか、よくわからないのである。あたかも異なる文化圏に生きる人の思考のように、その内容を推しはかり、いくぶん共感することができるとしても、自分のなかで確かなものとして引き受けるだけの実感がわかない。しかしながら、他者と向き合うということの切実さと困難さを垣間見てしまった私にとって、「真仏弟子」は無視することができない。「向き合う」という営みのなかにどのような深みがあり、どのような地平が開かれているのか、そのことに気づき、実践してきた先人たちがもし存在するのなら、私はその人たちに学びたい。かくして、阿弥陀仏や本願との関係だけに焦点があてられた場合にはアプローチしがたいとしても、現実に生き、現実において他者と向き合う、という文脈のなかでとらえるならば、「真仏弟子」は、信心の問題に主体的な関心を持っていない私のような者に対しても、きわめて重要な存在として立ち上がってくる。私は、こちら側の扉から「真仏弟子」に入門しようと思う。
徳田安津樹 TOKUDA ATSUKI
親鸞仏教センター研究員、東京大学大学院人文社会学系研究科博士課程(宗教学)在籍中 複数の私立の中学校・高等学校に勤務(非常勤)
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さかさまのさかさま
「さかさま」の「さかさま」は、もともとの向きになること、だったら元の木阿弥でしょうか? そうではありません。私たちは、「さかさま」であることに気づいて、はじめて「さかさまのさかさま」という正しい向きが見えてくるようになるのでしょう。
まもなくお盆の季節を迎えます。お盆の「盆」は、詳しくは「盂蘭盆(うらぼん)」と書き、インドの「ウランバナ」という言葉の音写とされ、足を吊るされ頭を下にして、さかさまになって苦しんでいることを意味するとされます。
中国では「倒懸」(とうけん)とも意訳しています。ただ、ある説では、「盂蘭盆」を、「盂蘭(倒懸を救う)」と「盆(救う器)」の合成語とする見解もあります。
お盆は、『仏説盂蘭盆経』(ぶっせつうらぼんきょう)という短いお経にもとづいた行事です。『盂蘭盆経』は浄土真宗では拝読しないお経なので、お盆の行事を行わない真宗の寺院も多くあります。
『盂蘭盆経』は、仏弟子の中で神通第一と称えられた目連尊者であっても、餓鬼道で苦しんでいる母親を自分の力では助けることができず、お釈迦さまに相談したところ、七月十五日の自恣(じし)の日に、仏道を求める人々に盆に食物などを供養することで母を救うことができたというエピソードが中心になっています。
ただ、よく読むと、『盂蘭盆経』には、命を終えられた父母への供養の方法のみならず、「盂蘭盆」ということを縁として大事なことが教えられているように思います。
たとえば、亡き父母をはじめとする、命を終えた方がたを「供養」によって喜ばせたり、苦しみから助けだそうという、私たちの気持ちはうるわしいようですが、そこには私たちの迷いの思いが反映しているかもしれません。
今現在、すでに迷っている私たちが、死者を助けようということ、これこそ「さかさま」なことではないでしょうか。それだけではありません。私たちの迷いの心は、命を終えた方を、都合のよい守護する霊にしたり、祟る存在にしたりさえします。
そもそも「盂蘭盆」と呼ばれるさかさまに吊るされている苦しみとはどのようなものでしょうか。
仏教に「顛倒」(てんどう)という言葉があります。「転倒」という似た言葉もありますが、転倒は「転び倒れる」こと、「顛倒」は真っ逆さまになるという意味です。仏教の顛倒は、私たちの真実に反する誤ったの考え方や見方を指します。本来あるべき姿とは逆さまに物事を捉えてしまう状態を意味します。
例えば、この、唯一の一度きりの人生において、急がなくてもよいことを急ぎ、財産がなければそれに苦しみ、財産があれば、またそれに苦しむのです。このようにこの人生というかけがえのない機会を空しく過ぎてしまうことは、仏の眼からみると、真実を見失っていることで、これ以上の苦しみはなのでしょう。このような顛倒による苦しみが「盂蘭盆」と表現されているのでしょうか。
『盂蘭盆経』の目連尊者のエピソードは、私たちが「さかさま」な生き方をしていることに気づき、その「さかさま」とは「さかさま」な生き方を教えてくれるのが仏さまの教えであることが示されます。
仏さまの教えは、どのような時代であっても、どのような場所であっても、どのような生き方をしていても、この人世で本当に大事なものに気づくこと、そのことだけが唯一の解決法なのだということを教えてくれているようです。 「盂蘭盆」とは、私たちがさかさまになって生きている苦しみに気づき、そのさかさまの生き方に気づくことを呼びかけているのです。
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「懲らしめ」と「立ち直り」 繁田真爾 SHIGETA SHINJI
1907年といえば、年初に日露戦争後の恐慌が始まり、自然主義文学の傑作として名高い田山花袋『蒲団』が発表された年である。それ以来、実に118年ぶりのことだという。
このたび6月1日に施行された、新しい「刑法」のことである。1907年に現行の刑法が制定されて以来、初めて刑罰の種類が変わり、「拘禁刑」と呼ばれる刑罰が新設された。これまで、刑事施設への拘束をともなう刑罰のほとんどは、労働(刑務作業)を義務とする「懲役刑」であった。この懲役刑と、(ほとんど形骸化していた)禁固刑を一本化して、新しく「拘禁刑」が創設されたのである。
この小文を書いているのは、5月下旬。改正を間近に控えて、世論もそれなりに賑やかになるかと思っていたが、そのような声はあまり聞こえてこない。118年ぶりに私たちの刑罰が変わるという、まさに歴史的な節目にもかかわらず、である。
刑法・刑罰・懲役・拘禁などというと、どれもお堅い制度の用語として、私たちにはどこか縁遠いものに感じられるのかもしれない(そもそも刑法が「表記の平易化」をめざして口語体・ひらがな表記になったのも、ようやく1995年のことだから、それも無理はない)。
しかし、今回の刑法改正の眼目は、実は「懲らしめ」から「立ち直り」へと、刑罰の目的を明確化することにある。たとえば刑事施設では、懲役を義務としないことで、薬物や性犯罪等の矯正プログラム、あるいは医学的な治療などを受けられる機会を大幅に増やすことも可能になる。これまでの懲役が、まさに文字どおり「懲らしめ」のための労働を科していたのに対して、これは大きな変化だろう。
もちろん「懲らしめ」から「立ち直り」へと、刑罰の目的がねらいどおりに転換するかどうか分からない。古くは“勧善懲悪”、21世紀に入っては“自己責任”と、犯した過ちに対する責任を問い、応分の処罰を求めてきた私たちの社会が、「懲らしめ」からどれだけ離れられるのか、今のところ未知数だろう。
また「懲らしめ」と「立ち直り」は、法や刑罰の世界に限られるものではない。家庭や教育、あるいは職場をはじめとする社会組織など、人と人とが寄り集まり、何かしらの規範やルールが成立する集団では、さまざまな「懲らしめ」と「立ち直り」、そして両者の間での揺らぎや葛藤が存在するだろう。子どもの成長を長い目で見守る親でありたいと願いつつ、家庭のルールを破った我が子に対して、つい声を荒げたり、ペナルティを科したりするのも、私たちの日常にありふれた光景であろう。
去る5月17日、東京都内のとある場所で、モンゴルの元大統領・エルベグドルジ氏の講演を聴く機会があった。モンゴルで、2017年に死刑制度の廃止を実現したことで知られる人物である。当時モンゴルでは国民の8割以上が死刑制度を支持していたが、それを政治判断で廃止した経緯などが語られ、興味深く聴いた。
氏は、どうして日本では今でも死刑が存続しているのか、その理由を聴衆の私たちにききたがっていた。「懲らしめ」から「立ち直り」へと、刑罰の理念を変えていこうとしている日本の現在。「懲らしめ」の最たるものであり、「立ち直り」を一切認めない死刑制度について、私たちはこれからどのようにその必要性を説明することになるのだろうか。「立ち直り」を支え、それが可能な社会を本気で目指そうとしているのか、私たちの覚悟が問われているのだと思う。
繁田真爾 SHIGETA SHINJI
親鸞仏教センター嘱託研究員、東北大学大学院国際文化研究科, GSICSフェロー。 明治学院大学、中央大学、日本大学、東京医療保健大学、各非常勤講師。 早稲田大学台湾研究所招聘研究員。
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