小さな冊子で世界へ漕ぎ出した大きな乗り物

伊藤 真 ITO Makoto

 筆者の前回の「今との出会い」(第242回「ネットオークションで出会う、アジアの古切手」)に引き続き、またネットオークションの話題で恐縮だが、またまた出会ってしまったのでおつき合いいただければと思う。ただし、今回は古切手ではなく古書である。

 今回¥1,000という値段で購入したのは、文庫本よりひと回りほど大きいが手頃なサイズで、前書きを入れてわずか35ページの薄っぺらな英文小冊子。画像のとおり、蓮(だろうか?)をあしらった(日焼けと経年劣化の見られる)薄青緑色の表紙に、『大乘佛教大意』と右から左へと横書きの旧字体の和文タイトルがある下に、いかにもエキゾチックさを狙ったような古風な英字フォントで “OUTLINES OF THE MAHÂYÂNA AS TAUGHT BY BUDDHA.” とある(Âは今ならĀ。以下、引用では修正する。最後にピリオドが打ってあるのは当時の流儀だろう)。行によって異なるフォントや文字の大きさはチグハグな印象を与え、しかもBUDDHAの語は行の中央からちょっと左へズレてしまっている。なんだかイマイチな感じで、「こんなもんに¥1,000出すか⁈」と思われるかもしれないが、私にとってはそのイマイチっぽい見てくれも含めてなんだか愛おしい(古書として価値があるのか、私は知らない)。なぜならこのちっぽけな小冊子こそ、明治維新以降に仏教界を襲った荒波を乗り越え、さらに文字どおり太平洋の海原をも越えて、日本の仏教を大乗仏教の精華として——この際その主張の正否は別にして——初めて大々的に世界に訴えようとした仏教者たちの思いがこもった小品だからなのだ。




 ご存知のかたもおられるだろうが、これは1893(明治26)年にシカゴ万博に合わせて開催された「第1回万国宗教会議」(World’s Parliament of Religions) に日本の仏教の代表団(鈴木大拙の師でもあった臨済宗の釈宗演——その演説原稿は大拙が英訳した——や、

 ご存知のかたもおられるだろうが、これは1893(明治26)年にシカゴ万博に合わせて開催された「第1回万国宗教会議」(World’s Parliament of Religions) に日本の仏教の代表団(鈴木大拙の師でもあった臨済宗の釈宗演——その演説原稿は大拙が英訳した——や、浄土真宗本願寺派の八淵蟠龍ら)が参加したのに合わせ、和文原稿が英訳されて、はるばる米国へ運ばれて配布されたものだ(ほかにも清沢満之の『宗教哲学骸骨』や赤松連城の『真宗大意略説』などいくつかの英訳も配布された)。だが実は正確には、私の手元にある1冊は米国で配布されたものが日本へ里帰りしたのではないようだ。表紙をめくると鮮やかな朱色のスタンプが押してあり、中央に出版元の「佛教學會」の名称、周囲に「謝海外施本賛助之好意為紀念贈呈之」と漢文で書かれている。米国で施本として配布するために寄付を募って出版し、その賛助者への御礼の記念品として贈呈されたものらしい。今風に言えば、クラウドファンディングのリターン(お礼の品)のようなものである。

 さて、この小冊子の著者は“S. KURODA, Superintendent of Education of the Jōdo-Sect”とあるとおり、浄土宗学本校(大正大学、佛教大学の前身)で校長・学監を務めた学僧の黒田真洞(くろだ・しんとう。1855–1916年。 1912 [明治45]年に正僧正、没後に大僧正追贈)。だが、「天台、真言、臨済、曹洞、真宗の各学者らの精査を受け」 (carefully examined)、浄土宗学本校の英語教員らが英訳したと記され、「万博に関連してシカゴで開催される万国宗教会議の参加者らへの配布のため」とある。黒田師による浄土宗の解説や宣伝の書ではない。日本の仏教界をあげて、万国宗教会議で日本の仏教、東アジア仏教、大乗仏教を新たな時代にふさわしい世界宗教として訴えることを目的としたものだ。

 ではその「大乗仏教」の「大意」とはどういうものなのか? 本書は6章から成る(なお、下記に記す日本語の章題は、同年にあとから出版された日本語版『大乗仏教大意』に従った)。

緒言(Introductory Remarks)/第1章 施教綱領 (Principles of Buddha’s Teaching) /第2章 解脱涅槃 (Mokṣa and Nirvāṇa)/第3章 業報因果 (Action and Results, Cause and Effect)/第4章 染浄因縁 (Pure and Impure Causes and Conditions)/第5章 万法唯心 (All Things are Nothing but Mind)/第6章 宗派異同 (Sects in Buddhism)

 まず緒言では仏陀の生涯をごく簡潔に述べたのち、その教法はすべて「大乗と小乗」に包括され、どちらも等しく「一仏の教化」であり、「転迷開悟の法」であるが、「観苦得道の法」の「小乗」に対し、「観空得道の法」の「大乗の教義は徧く小乗の教法を包蔵」するという。このあたりには、南伝仏教こそが正当な「仏教」だと見ていた当時の西洋のトレンドに対し、大乗はその堕落でも異端でもなく、「小乗」の教えをも含む、より包括的な教えであることを訴える意図が見て取れる。

 続いて第1章では「無我」を中核的な仏説とするが、あくまでも「我」や「有空」への誤った執着を滅することが目的であり、「自己も魂も存在しない」ということを説く教条主義的な教理 (fixed dogma) ではないと言う(ここにも西洋のネガティブな大乗観に対する目配りを感じる)。そして第2章では自他、主客、正邪などの分別的な執着を乗り越えた完全に自由な状態こそ「解脱」だとし、心の真の性質 (true nature of mind) を顕現させた完全な永遠の楽 (perfect and everlasting happiness) を得ることが「涅槃」だと言う。また、「小乗」が「断滅」 (eternal extinction。日本語版では「寂」) をめざすのに対し、「涅槃」は「単なる断滅」でもないし、あらゆる人に開かれている大乗の「解脱」は「遠くに求むべきものではない」としている。

 第3章では因果(縁起)の理法が説かれ、仏教が近代的な理性や哲学的な吟味に堪えるものであることを訴えるかのようである。このためすべてを「一者」 (the “One”) に帰して諸法の自性は常住 (the nature of all things is permanent) とするもの、天地と万物の造物主 (creator) を説くもの、万法を四大で説明するものなど、(バラモン教、キリスト教、唯物論などを想定したと思われる)「異教」(heretics。日本語版では「異道」) の教理をすべて、因果の理法を理解しない断常二見として排斥している。その上で、第4章では、そうした因果の理法に従う行為の善悪・染浄を問い、声聞・独覚・菩薩の三乗が行う「解脱」へ至る行法を「出世間の善」と規定する。本来的に清浄で善悪の差別の相なき心の本性 (the true essence of mind) と調和する行為を実践すれば、諸仏と平等の果実を得られるとして、「心」に焦点が移っていく。(なお、「出世間の善」は今なら一般にsupramundane goodなどと訳すが、ここではecclesiastical goodとされいて、どこか時代がかった感じがする。このあたりには仏教用語の訳語も定まらない時代に英文を練り上げていったパイオニアたちの苦闘が窺える気がする)。

 そして第5章が本書のクライマックスだろうが、なかなかの難関だ。まず、何ものも実体性 (reality) や恒常的な自性 (constant nature of their own) を持たず、諸法皆空だとした上で、「万法は心の(生み出す)現象にすぎない」という唯心説を紹介し、八識説と阿頼耶識を説明する。そしてその心の本性を「不変の原理」 (unchanging principle) 、「真如(永遠のリアリティ)」 (bhūtatathatā , permanent reality) だとするのだ。しかも本性は海で、現象は波のようであると言われると、俄然『大乗起信論』や真如(如来藏)縁起の色彩を帯びてくる。確かに、「心の本性」を「真如」とする唯心論 (idealism) こそは、日本代表団の仏僧らが最も訴えたかった教説だと、日本仏教史などがご専門のジュディス・スノッドグラス博士は指摘する (Judith Snodgrass, Presenting Japanese Buddhism to the West, 2003)。

 しかし同時に、黒田師は「われわれは万法が合して心という心理的な統一体を成すとか (all things combine into a mental unity called mind)、万法がそれ(心)から流出する (all things are emanations from it) と言いたいわけではない」とも述べて、いわば「心」の実体視を排し、「万法の生起」は「われわれの心に負っている」 (owe their existence to our mind ) と、私たち自身の心に引きつけて語る。多少は唯識の専門用語なども出てくるが、大乗を「観空得道の法」と明言し、すべてを「一者」 (the “One” ) に帰する異教を批判してきた本書である。分別・差別のない、本来の清らかな心——それは「無量のはたらきやすばらしい行為 (innumerable functions and miraculous actions) の元」とされる——によって衆生や万物と関わることができれば、執着による苦しみの世界から「解脱」し、遠くに求めずとも「涅槃」を得られるという、とても地に足のついた、親しみやすい大乗仏教論だと感じられないだろうか。

 「われわれは、正しい見方 (true view) を保ち、万物の縁起に対する真の理解(comprehension of the causality of all things) に達しようではないか」と黒田師は言う。透徹した空観と『華厳経』(ただし、必ずしも華厳教学ではない)を思わせるシンプルな唯心論……ネットオークションで出会ったイマイチな見てくれの古びた小冊子を、誰にでも開かれたそんな教えこそ「仏教の大きな乗り物」であると、海を越えて世界に訴えかける、そんな小品として私は読んでみたいのである(なお、最後の第6章は日本の諸宗の概説のあと、聖浄二門はいずれも菩薩の初発心と本願の行を究竟する菩薩道であり、「平等の因からは平等な果が生まれ、その点で差別はない」のだと、ここでも因果の理を説いて論を結んでいる。注文があるとすれば、清新で前向きだが、煩悩ゆえに正見に達することのできない私たちの困難が論じられていないことだろう)。

2025年5月1日

浄土真宗本願寺派の八淵蟠龍ら)が参加したのに合わせ、和文原稿が英訳されて、はるばる米国へ運ばれて配布されたものだ(ほかにも清沢満之の『宗教哲学骸骨』や赤松連城の『真宗大意略説』などいくつかの英訳も配布された)。だが実は正確には、私の手元にある1冊は米国で配布されたものが日本へ里帰りしたのではないようだ。表紙をめくると鮮やかな朱色のスタンプが押してあり、中央に出版元の「佛教學會」の名称、周囲に「謝海外施本賛助之好意為紀念贈呈之」と漢文で書かれている。米国で施本として配布するために寄付を募って出版し、その賛助者への御礼の記念品として贈呈されたものらしい。今風に言えば、クラウドファンディングのリターン(お礼の品)のようなものである。

 さて、この小冊子の著者は“S. KURODA, Superintendent of Education of the Jōdo-Sect”とあるとおり、浄土宗学本校(大正大学、佛教大学の前身)で校長・学監を務めた学僧の黒田真洞(くろだ・しんとう。1855–1916年。 1912 [明治45]年に正僧正、没後に大僧正追贈)。だが、「天台、真言、臨済、曹洞、真宗の各学者らの精査を受け」 (carefully examined)、浄土宗学本校の英語教員らが英訳したと記され、「万博に関連してシカゴで開催される万国宗教会議の参加者らへの配布のため」とある。黒田師による浄土宗の解説や宣伝の書ではない。日本の仏教界をあげて、万国宗教会議で日本の仏教、東アジア仏教、大乗仏教を新たな時代にふさわしい世界宗教として訴えることを目的としたものだ。

 ではその「大乗仏教」の「大意」とはどういうものなのか? 本書は6章から成る(なお、下記に記す日本語の章題は、同年にあとから出版された日本語版『大乗仏教大意』に従った)。

緒言(Introductory Remarks)/第1章 施教綱領 (Principles of Buddha’s Teaching) /第2章 解脱涅槃 (Mokṣa and Nirvāṇa)/第3章 業報因果 (Action and Results, Cause and Effect)/第4章 染浄因縁 (Pure and Impure Causes and Conditions)/第5章 万法唯心 (All Things are Nothing but Mind)/第6章 宗派異同 (Sects in Buddhism)

 まず緒言では仏陀の生涯をごく簡潔に述べたのち、その教法はすべて「大乗と小乗」に包括され、どちらも等しく「一仏の教化」であり、「転迷開悟の法」であるが、「観苦得道の法」の「小乗」に対し、「観空得道の法」の「大乗の教義は徧く小乗の教法を包蔵」するという。このあたりには、南伝仏教こそが正当な「仏教」だと見ていた当時の西洋のトレンドに対し、大乗はその堕落でも異端でもなく、「小乗」の教えをも含む、より包括的な教えであることを訴える意図が見て取れる。

 続いて第1章では「無我」を中核的な仏説とするが、あくまでも「我」や「有空」への誤った執着を滅することが目的であり、「自己も魂も存在しない」ということを説く教条主義的な教理 (fixed dogma) ではないと言う(ここにも西洋のネガティブな大乗観に対する目配りを感じる)。そして第2章では自他、主客、正邪などの分別的な執着を乗り越えた完全に自由な状態こそ「解脱」だとし、心の真の性質 (true nature of mind) を顕現させた完全な永遠の楽 (perfect and everlasting happiness) を得ることが「涅槃」だと言う。また、「小乗」が「断滅」 (eternal extinction。日本語版では「寂」) をめざすのに対し、「涅槃」は「単なる断滅」でもないし、あらゆる人に開かれている大乗の「解脱」は「遠くに求むべきものではない」としている。

 第3章では因果(縁起)の理法が説かれ、仏教が近代的な理性や哲学的な吟味に堪えるものであることを訴えるかのようである。このためすべてを「一者」 (the “One”) に帰して諸法の自性は常住 (the nature of all things is permanent) とするもの、天地と万物の造物主 (creator) を説くもの、万法を四大で説明するものなど、(バラモン教、キリスト教、唯物論などを想定したと思われる)「異教」(heretics。日本語版では「異道」) の教理をすべて、因果の理法を理解しない断常二見として排斥している。その上で、第4章では、そうした因果の理法に従う行為の善悪・染浄を問い、声聞・独覚・菩薩の三乗が行う「解脱」へ至る行法を「出世間の善」と規定する。本来的に清浄で善悪の差別の相なき心の本性 (the true essence of mind) と調和する行為を実践すれば、諸仏と平等の果実を得られるとして、「心」に焦点が移っていく。(なお、「出世間の善」は今なら一般にsupramundane goodなどと訳すが、ここではecclesiastical goodとされいて、どこか時代がかった感じがする。このあたりには仏教用語の訳語も定まらない時代に英文を練り上げていったパイオニアたちの苦闘が窺える気がする)。

 そして第5章が本書のクライマックスだろうが、なかなかの難関だ。まず、何ものも実体性 (reality) や恒常的な自性 (constant nature of their own) を持たず、諸法皆空だとした上で、「万法は心の(生み出す)現象にすぎない」という唯心説を紹介し、八識説と阿頼耶識を説明する。そしてその心の本性を「不変の原理」 (unchanging principle) 、「真如(永遠のリアリティ)」 (bhūtatathatā , permanent reality) だとするのだ。しかも本性は海で、現象は波のようであると言われると、俄然『大乗起信論』や真如(如来藏)縁起の色彩を帯びてくる。確かに、「心の本性」を「真如」とする唯心論 (idealism) こそは、日本代表団の仏僧らが最も訴えたかった教説だと、日本仏教史などがご専門のジュディス・スノッドグラス博士は指摘する (Judith Snodgrass, Presenting Japanese Buddhism to the West, 2003)。

 しかし同時に、黒田師は「われわれは万法が合して心という心理的な統一体を成すとか (all things combine into a mental unity called mind)、万法がそれ(心)から流出する (all things are emanations from it) と言いたいわけではない」とも述べて、いわば「心」の実体視を排し、「万法の生起」は「われわれの心に負っている」 (owe their existence to our mind ) と、私たち自身の心に引きつけて語る。多少は唯識の専門用語なども出てくるが、大乗を「観空得道の法」と明言し、すべてを「一者」 (the “One” ) に帰する異教を批判してきた本書である。分別・差別のない、本来の清らかな心——それは「無量のはたらきやすばらしい行為 (innumerable functions and miraculous actions) の元」とされる——によって衆生や万物と関わることができれば、執着による苦しみの世界から「解脱」し、遠くに求めずとも「涅槃」を得られるという、とても地に足のついた、親しみやすい大乗仏教論だと感じられないだろうか。

 「われわれは、正しい見方 (true view) を保ち、万物の縁起に対する真の理解(comprehension of the causality of all things) に達しようではないか」と黒田師は言う。透徹した空観と『華厳経』(ただし、必ずしも華厳教学ではない)を思わせるシンプルな唯心論……ネットオークションで出会ったイマイチな見てくれの古びた小冊子を、誰にでも開かれたそんな教えこそ「仏教の大きな乗り物」であると、海を越えて世界に訴えかける、そんな小品として私は読んでみたいのである(なお、最後の第6章は日本の諸宗の概説のあと、聖浄二門はいずれも菩薩の初発心と本願の行を究竟する菩薩道であり、「平等の因からは平等な果が生まれ、その点で差別はない」のだと、ここでも因果の理を説いて論を結んでいる。注文があるとすれば、清新で前向きだが、煩悩ゆえに正見に達することのできない私たちの困難が論じられていないことだろう)。

2025年5月1日

※Outlines of the Mahāyāna as Taught by Buddha(『大乗仏教大意』)は、英語版も日本語版も所蔵する図書館は少ないが、英語版はオンデマンドの復刻版をネット書店で購入できる。日本語版は雑誌『宗教界』12巻4号(1916年)に再録されたものを国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる。

伊藤 真 ITO Makoto

現在、親鸞仏教センター嘱託研究員
東洋大学・大正大学・立教大学・東京農業大学、各非常勤講師
東洋大学東洋学研究所客員研究員。

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ネットオークションで出会う、アジアの古切手

伊藤 真 ITO Makoto

 最近、ネットオークションで古い切手を競り落とすことにはまっている。私はデンマークの思想家キルケゴール(1813–55年)に関する本を読むのが好きで(研究ではなく単なる趣味だ)、関連情報をインターネットで検索することもあるせいか、ある日、パソコンの画面上に、デンマークの雑多な切手を袋詰めした商品の広告が表示された(検索履歴などに基づく「プッシュ型」の広告だ)。普段ならば無視してしまうが、少年時代に切手収集を趣味にしていた私は、何とはなしに広告をクリックしてみた。

  • キルケゴールの記念切手:[左]没後100年(1955年)、[右]生誕200年(2013年)

 切手収集の初心者がコレクションを始めるのに最初に買うような、文字通り二束三文と思われる古い記念切手や普通切手20〜30枚が袋詰めにされている。ところが広告の画像を拡大して切手を順に見ていくと、なんとそこにキルケゴールの肖像切手が1枚入っているではないか。調べてみると没後100年を記念した1955年の切手だが、普通切手と同じ小さなサイズで、地味なエンジ色の背景に晩年の冴えない肖像が使われている。だがそのみすぼらしい感じのするキルケゴールの切手との出会いに私は心を捉われ、初めてネットオークションに入札。雑多な袋詰め切手を買う人はいないとみえて、無事に落札した(実はその後、苦悶した才気煥発(さいきかんぱつ)な青年思想家時代の肖像を使った、2013年のキルケゴール生誕200周年の記念切手も入手した)。

 それからというもの、長らく休眠していた切手収集という趣味の虫が半世紀ぶりに蠢(うごめ)きだした。だがネットオークションというのはどことなく危うい気もする。リアルな切手店とは異なり、売り手と買い手はネット上のオークション・サイトを通じてのみつながっていて顔も見えないし、オークションという性質上、競争心と購買意欲が——つまり我執や所有欲という煩悩が——煽られる。このため自分で入札は一件いくらまで、ひと月合計いくらまでと上限を設定して自制しつつ楽しんでいる。

  • 仏印(上・中段)と英領ビルマ(下段)の切手。上段はフランス風な意匠の切手(1899–1906年)と、[左]カンボジア女性と[右]ベトナム(安南)女性(1907年)。中段はジャンク船とアンコールワット(1931–41年)。下段はエキゾチックな英国王ジョージ6世の肖像切手(1938年以降)

 さて、最近集めるようになったのは、東アジアや東南アジアのかつて欧米列強や日本の植民地支配を受けた地域の戦前・戦中の切手だ。郵便切手は1840年にビクトリア女王の肖像をデザインして英国で発行されたペニー・ブラックに始まり、まずは欧米から普及したが、アジアでも比較的早くから植民地政府により発行された。英領マレー(現在のマレーシアとシンガポールなど)、オランダ領東インド(蘭印、ほぼ現在のインドネシア)、スペイン領フィリピンなどでは1850–60年代にすでに本国の君主の肖像などをデザインしたものが発行され、フランス領インドシナ(仏印、現ベトナム、ラオス、カンボジア)などでも19世紀のうちに切手が登場している(日本は1871年)。19世紀や20世紀初頭の切手は実にクラシックな意匠や色調が美しく、惚れ惚れとして眺めているだけであっという間に時が過ぎてしまう(私は特に仏印や英領マレー、英領ビルマ[現ミャンマー(ビルマ)]などのエキゾチックな意匠のものが好きだ)。しかし同時に、植民地支配を受けたアジア諸国の歴史に思いを馳せる時、その美しさには悲しみが混じる。切手収集では一般的に未使用(ミントと言う)のものが価値が高いが、私は消印の押された使用済みのものをなるべく集めるようにしている。それは、実際に往時の人々が使った切手であり、人々の生活や時代の一端に触れることができる気がするからだ。だが戦前・戦中のアジア諸国の使用済み切手は、使った人が現地の人か支配者側かを問わず、列強の植民地支配下で営まれた生活の証であるだけに、いっそう複雑な思いを掻き立てるのだ。

 アジア諸国の古切手の中でも、特に人々の運命の変転を感じるのは、「加刷(かさつ)」ものの切手に出会った時だ。「加刷」とは、急激なインフレ時や、特定の単価の切手が不足した時に、額面変更のために既存のデザインの切手に新たな単価などを上から重ねて印刷することだ。だがアジアの植民地時代の切手の場合、新たな支配者が自前の切手を発行できるようになるまでに、既存の切手にバッテン、消し線、その他の印や新たな国名や切手発行の意味合いなどを加刷し、暫定的に流通させたものがある。

  • フィリピン(上・中段)と英領マレー(下段)の切手。上段は[左]スペイン統治時代(国王アルフォンソ12世肖像、1880年代)、[中]米国統治時代の自治政府(コモンウェルス)による加刷切手(1936年)、[右]日本が勝利の文言を加刷した切手(1942年)、中段は日本統治時代、下段は英領マレー占領後の日本による加刷切手

  • 蘭印の切手。[左上]ウィルヘルミナ女王の肖像切手の日本による加刷例(1942年)、[右]日本統治時代(1942–45年)、[左下]日本統治時代の切手を使ったインドネシア共和国による加刷切手

 例えば1942年に日本が占領した米領フィリピンでは、米国当局発行の切手に「祝バターン、コレヒドール陥落、1942」という何とも散文的な英文文字が加刷された(翌年には勇ましげな意匠に「フィリッピン郵便」「バターン、コレヒドール陥落一周年記念」という文言がヘンテコなカタカナの活字で記された切手が新たに発行され、以降「比島郵便」と刷られた各種切手が発行されていく)。英領マレーのイスラム文化の薫るモスクの切手や、支配者である英国王ジョージ6世の肖像に椰子の木をあしらった南国風な切手は、日本がマレー半島を占領した直後、国王の顔やモスクの上に「大日本郵便」という文字が「加刷」されて使用された。蘭印の切手でも、オランダのウィルヘルミナ女王の顔の上に刷られた日本の郵便マークや「大日本帝国郵便」の文字、日本語による地名表記などがまるで焼印のようだ。しかし、世の無常と言うべきか、(欧米列強も日本も)驕れる者は久しからずと言うべきか、蘭印では1945年、戦時中に日本当局が発行した切手の日本語部分を消し線で潰し、独立を宣言したインドネシア共和国がRepoeblik Indonesiaという赤い文字を加刷した切手が現れた。加刷切手は私たちに過去を見つめることを迫るのである。

  • 上段は満州国の切手(1932–34年)で、左端が「通郵」切手。下段は満州帝国の切手(1934–45年)

 一方、アジアの切手といえば、漫画『満州アヘンスクワッド』や昨年の直木賞・山田風太郎賞ダブル受賞作の小説『地図と拳』などで話題の「満州国」(正しくは「満洲国」)も興味深い。1932年、執政の地位に就いた愛新覚羅溥儀の肖像をあしらって「満洲国郵政」と刻した切手が発行された。その溥儀は、かつての清朝皇帝という仰々しいイメージではなく、洋装で現代風ではあるが、なぜかどこか心ここにあらずといった弱々しい風貌である。1934年に溥儀が満州国皇帝に即位すると、同じ意匠の切手に新たに「満洲国郵政」と記されるが、溥儀の肖像はそのままである。満州国の切手には別に「通郵」切手というものがある。国章の花がデザインされているが、満州国の「ま」の字も刷られていない。これは実は、満州国を承認しなかった中華民国宛の郵便専用に発行された切手だ。実務上、両国間の郵便を維持するための、苦肉の策だったのだろう。「五族協和」の「王道楽土」建設を標榜した満州国の通郵切手を見る時、私たちは何をどう思う(べき)だろうか。

 アジアの珍しく、多くは美しい古切手との出会いには、歴史に触れる楽しみがあるが、それだけでなく、今を考えさせられることもある。例えば先述した蘭印のウィルヘルミナ女王の肖像切手。オランダ王国女王として1890–1948年と半世紀以上も王座にあったウィルヘルミナは(植民地主義国の君主ということの当否はともかくとして)、実はユリアナ、ベアトリクスと、2013年まで3代・125年近く続いたオランダの女王の時代の幕開けを飾った女性なのだ。この女王の肖像の頰に郵便マークを加刷した当時の大日本帝国は、言うまでもなく男性である裕仁(昭和)天皇の御世である。それから80年になろうとする今日の日本は、世界の男女平等度ランキングでひどく低迷したままで(国の順位の問題というより、実際は私たちが属する各種集団・組織のあり方や価値観が問われるのだが)、女性天皇をめぐる議論もいつの間にやら立ち消えになってしまったようである。アジアの美しくも悲しい古切手は、「今はどうなのか?」と、時には私たちに疑問も投げかけてくるのである。

(2023年10月1日)

伊藤 真 ITO Makoto

現在、親鸞仏教センター嘱託研究員
東洋大学・大正大学・立教大学・東京農業大学、各非常勤講師
東洋大学東洋学研究所客員研究員。

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