『現代と親鸞』第50号
■ 研究論文
宮部 峻(J-Stageで公開)
親鸞から日蓮へ?
── 社会学史における浄土真宗理解についてのノート──
■ 研究ノート
徳田 安津樹(J-Stageで公開)
「ケアの倫理」から考える宗教教育の可能性
──真宗大谷派学校連合会の刊行物に注目して──
■ 第71回現代と親鸞の研究会
磯野 真穂
「わかりやすい救済」に抗うために
──リスク管理社会の人間観──
■ 第8回清沢満之研究交流会
全体テーマ
世紀転換期の宗教思想運動Ⅱ
──近角常観・日蓮主義・哲学館──
【問題提起Ⅰ】
碧海寿広
近代仏教における「人格」の問題
──近角常観の修養批判──
【問題提起Ⅱ】
ブレニナ・ユリア
青年求道者と日蓮(主義)
── 雑誌『妙宗』における信仰告白の分析から──
【問題提起Ⅲ】
長谷川琢哉
「 宗教思想運動」としての哲学館
── 井上円了の仏教改良と哲学館出身者たち──
全体討議 コメンテーター 赤江 達也
コーディネーター 繁田 真爾
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之
本願回向の行信 ──『一念多念文意』を読み解く ── (1)
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今、改めてメディアを問う
―その過去・現在・未来、そして仏教― ②
『añjali』WEB版 2023年1月30日号
今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教
伊藤 真
宮部 峻
大根・仏教・メディア
稲田ズイキ
「お寺の掲示板大賞」によるメディアミックスについて
江田 智昭
メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮―
ブレニナ・ユリア
隙間だらけの一休年譜――入水未遂事件をめぐって
飯島 孝良
『アンジャリ』WEB版1月更新分は、「今、改めてメディアを問う――その過去・現在・未来、そして仏教」のテーマのもと、23日と30日の2週連続で更新いたします。23日更新分は「メディア論」や「メディア史」を視点として、30日更新分は「仏教とメディア」を視点として、様々な角度から「メディア」を問いなおしていきます。あわせて1月23日更新分もご覧ください。
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メディアとは何か―自己語り・雑誌メディア・日蓮―

ブレニナ・ユリア BURENINA Yulia
大阪大学特任講師
「メディアとは自己を仮託する文化装置である」。
この命題を提起したのは、社会学者の加藤晴明だ。
加藤は個人のメディア経験から議論を立ち上げる必要があると問題提起をし、「一人称メディア」「自分メディア」「メディア版自己」といった概念を用いて、自己語りの文化装置(物語装置)としてのメディアの側面に注目する。そして、メディアを単なる情報の媒介物としてではなく、自己と深く関わる表現装置として捉える(加藤晴明『メディアと自己語りの社会学 「自己メディアの社会学」改題・改訂版』〔22世紀アート、2022年、初出2012年〕を参照)。
ブログや、YouTubeなどの動画サイト、さらにはFacebook、Instagram、Twitterなどのソーシャルメディアを駆使して各々のメディア的リアリティを作り出し、日々、「メディア版自己」を発信し続けている現代人を思い浮かべれば、まさに「メディアとは自己を仮託する文化装置」である。
では、ブログやTwitterなどがなかった時代、例えば100年前、人びとはどのようなメディアに自己を仮託し、どのように自己表現をしていたのだろうか。多種多様なメディアが挙げられるが、ここではこれまで私が主に研究してきた日蓮主義と、明治・大正期の学生たちについて、雑誌メディアを例にして考えてみたい。
まず、明治期の学生の投稿を見てみよう。
- 学校は出ても、外からは生活難が迫って来る、内からは精神的に何の力も得ていない、何だか心淋しい、つまらない、面白くない、ついには腰弁(こしべん)でも何でも甘んじて職につく、そして単調な其日其日を送る。
(「雨新抄」欄、『妙宗』13編5号、1910年5月、97頁より)
「腰弁」(腰に弁当をぶら下げて通勤すること)という用語以外、就活に行き詰まり、生きることに苦しさを感じている学生が、その気持ちをTwitterやFacebookに投稿したとしても、おかしくない文章だ。しかし、まだ続きがある。
- 今の青年の一部にはこんな人間も居る、精神のない統一のない平凡教育を与える学校の産物としてはまた是非もないのであろうが、国民は災難である、国家は実に危険である、国民に正義操持向上勇猛の気節がなくなったら、どんな物知りをつくったからとて用にはたたない、僕は今の平凡教育を咀うのである。
(同上)
これは東京の藤田猛という青年が雑誌『妙宗』に投稿したものである。明治期の青年たちにとっては、雑誌メディアが苦しみを吐露する場であったことがわかる投稿だ。
『妙宗』は、日蓮主義の提唱者として知られる田中智学(1861〜1939年)が1897年から1910年まで刊行していた雑誌である。これまで注目されてこなかったが、実は同誌には多くの読者投稿が掲載されており、藤田のような青年たち、学生たちによるものもみられる。藤田は自分が受けてきた教育に対する不満や自己語りを「国民」や「国家」の問題にまで拡大して述べている。明言されてはいないが、「正義操持向上勇猛の気節」の理想は、彼が日蓮に仮託したのだろう、と私は思う。
では、大正期はどうだろうか。