『現代と親鸞』第33号(清沢満之研究の軌跡と展望)
■ 刊行にあたって
■ 巻頭論文
本多 弘之 「躍動する教学──現代に向かって清沢満之が投げかけた課題──」
青柳 英司 「 如来回向思想の背景について」
■ 第一部 清沢満之研究会の軌跡
田村 晃徳 「満之の骨格──『宗教哲学骸骨』を中心に──」
伊東 恵深 「他力門仏教に帰す──「他力門哲学骸骨試稿」の実存的意義──」
名和 達宣 「『臘扇記』を読む──清沢満之における転換期──」
山本 伸裕 「『有限無限録』を読む──「公」とは、「国家」とは──」
春近 敬 「「『精神界』論文」にみる清沢満之の応答性」
■ 第二部 寄稿論文
杉本 耕一 「西田幾多郎の「宗教哲学」と清沢満之の「宗教哲学」」
三浦 節夫 「井上円了と清沢満之──日本近代の仏教者──」
子安 宣邦 「「天」と「公」と──清沢満之における「儒家的なもの」──」
■ 第三部 第1回「清沢満之研究交流会」報告
全体テーマ:「清沢満之研究の〈可能性〉──没後百周年から見えたもの」
【問題提起】
山本 伸裕 「清沢満之「復権」の試み」
近藤俊太郎 「天皇制国家と「精神主義」──清沢満之を中心に──」
名和 達宣 「「精神主義」運動の波紋――曽我量深を中心に」
西本 祐攝 「大谷大学編『清沢満之全集』編纂の背景と課題」
【全体討議】
杉本 耕一(コメンテーター)・田村 晃徳(司会)
第四部 コラム集 清沢満之という多面体(プリズム)
越部 良一 「激切なる実学──近代日本最高の哲学者・清沢満之──」
藤原 智 「感電と摩擦──清沢満之と曽我量深──」
大澤 絢子 「清沢満之を描いた画家──中村不折とその時代──」
中村 玲太 「悟後修行の風光──清沢満之と證空──」
ステファン・グレイス 「大きな「自分」としての存在──鈴木大拙にとっての清沢満之──」
長谷川琢哉 「理性の限界と「不可知的実在」──清沢満之とスペンサー──」
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『現代と親鸞』第14号
■ 研究論文
伊東 恵深 「他力門仏教の再構築―清沢満之「他力門哲学骸骨試稿」の思想的意義―」
羽塚 高照 「『スッタニパータ』「アッタカヴァッカ」における論争批判の現代的意味」
■ 第23回現代と親鸞の研究会
民岡 順朗 「都市の記憶を継承する~イタリアに学ぶ修復型都市再生~」
■ 清沢満之研究会
末木文美士 「清沢満之における宗教と倫理」
■ 第4回テーマ別研究交流会
広井 良典 「持続可能な福祉社会とスピリチュアリティ―現代日本におけるコミュニティの諸問題―」
■ 第4回「親鸞思想の解明」シンポジウム
テーマ:「救済の生命場を求めて ―科学と宗教の出会い―」
【基調講演】
清水 博 「生命という出会いの場」
【提言】
本多 弘之 「本願に開かれた人間存在の場」
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(1)」
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『現代と親鸞』第11号
■ 研究論文
伊東 恵深 「浄土の開顕」
春近 敬 「自由キリスト教の仏教観―普及福音新教伝道会 宣教師の著作を手がかりに―」
■ 第19回現代と親鸞の研究会
橋爪大三郎 「国家と宗教―共同体の光と影をめぐって―」
■ 第20回現代と親鸞の研究会
佐藤 学 「本当の教育とは何か」
■ 清沢満之研究会
深澤 助雄 「近代親鸞教学の系譜―清沢満之と曽我量深―」
■ 第3回「親鸞思想の解明」シンポジウム
テーマ:「 科学・哲学、そして宗教の間の対話を求めて―科学者は現代の情況に免責か?―」
國府田隆夫(基調講演)
斎藤 勝治(パネリスト)
本多 弘之(パネリスト)
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(9)」
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『現代と親鸞』第9号
■ 研究論文
伊東 恵深 「近代真宗教学の課題―清沢満之と曽我量深の応答を手がかりとして―」
嵩 海史 「親鸞は『唯信鈔』の「鈔」から何を聞き取ったのか―『唯信鈔文意』から見た『唯信鈔』引文の意味について―」
■ 第16回現代と親鸞の研究会
西平 直 「アイデンティティとスピリチュアリティ―近現代における探究と現代社会における意味―」
■ 第17回現代と親鸞の研究会
暉峻 淑子 「本当の「豊かさ」とは何か」
■ 清沢満之研究会
今村 仁司 「清沢満之における「他力門哲学骸骨試稿」の思想的意義」
■ 第2回「親鸞思想の解明」シンポジウム
テーマ:「科学技術文明と現代の不安2―知によって覆い隠された世界と宗教―」
下田 正弘(基調講演)
菅原 伸郎(パネリスト)
本多 弘之(パネリスト)
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之 「浄土―濁世を超えて、濁世に立つ―(7)」
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