『現代と親鸞』第49号
■ 研究論文
加来 雄之
昭和初期における「実践」問題と安田理深『興法』論文群
―安田理深による「衆生」の「基礎づけ」(1)
■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会
中澤 克昭
中世の狩猟文化と「野生の価値」
■ 第69回現代と親鸞の研究会
ポール・B・ワット
安田理深と現代―その思想の独自性をめぐって―
■ 第70回現代と親鸞の研究会
西村 明
三十年後の長崎と永井隆
宮本 ゆき
日米での核理解の違い、親鸞における悪
■ 第4回「現代と親鸞」公開シンポジウム
全体テーマ
宗教者にとって〈現場〉とは何か?
【提題】
吉水 岳彦
苦の臨床という「現場」
田村 晃徳
現場で働き、現場にはたらく—仏教の言葉を学ぶということ—
小原 克博
キリスト教から考える「現場」と歴史の未来
【全体討議】
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之
浄土を求めさせたもの ――『大無量寿経』を読む ―― (35)
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■ 巻頭言
「私にとっての「現場」」
主任研究員 加来 雄之
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
「『一念多念文意』の拝読を始めるに当たって」
講師 本多 弘之
■ 親鸞と中世被差別民に関する研究会
「中世の狩猟文化と「野生の価値」」
講師 中澤 克明
■ 第69回現代と親鸞の研究会
「安田理深と現代―その思想の独自性をめぐって―」
講師 ポール.B.ワット
■ 第70回現代と親鸞の研究会
「核をめぐる罪と悪」
講師 西村 明
講師 宮本 ゆき
■ 第4回現代と親鸞公開シンポジウム
「宗教者にとって「現場」とは何か?」
提題Ⅰ 吉水 岳彦
提題Ⅱ 田村 晃徳
提題Ⅲ 小原 克博
■ リレーコラム
鈴木 慧淳(?〜1886)
嘱託研究員 古畑 侑亮
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『añjali』(あんじゃり)第42号
(2022年12月)
■ 特集「「境界」が現れるとき」
宮部 峻 「「境界」が現れるとき」(特集趣旨)
武内今日子 「非二元的なジェンダーをめぐる実践の抹消に抗して」
奥野 克巳 「境界なき世界の往還と他力――浄土思想からアニミズムを読み解く――」
吉水 岳彦 「慈愛の境界」
栗田 哲男 「「チベット」という語に潜む固定観念」
■ 連載
本多 弘之 「宗教的実存を成り立たせるもの」
■ Essais
眞野 明美 「ウィシュマさんが生きていけた社会」
竹村 瑞穂 「スポーツの意味と美しさについて」
横山百合子 「「日記」を書く遊女たち」
八馬 智 「日常の中に潜む「巧まざる造形」を鑑賞する」
■ 交差点
宮部 峻 「無自覚と無知」
加来 雄之 「二つの世界」
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『現代と親鸞』第44号
■ 研究論文
長谷川琢哉 「井上円了の仏教改良と真宗大谷派」
研究レポート
谷釜 智洋 「明治天皇の死去及び大喪における真宗大谷派の諸対応―真宗大谷派教団史研究の一環として―」
■ 第62回現代と親鸞の研究会
佐藤 卓己 「「ポスト真実」時代の輿論主義と世論主義」
■ 第63回現代と親鸞の研究会
橋本 健二 「現代日本の階級社会とアンダークラス」
■ 第64回現代と親鸞の研究会
伊藤 聡 「「神国日本」という語りの重層性」
■ 第1回「現代と親鸞公開シンポジウム」報告
テーマ:「〈かたられる〉死者」
【問題提起】
中村 玲太 「〈かたられる〉死者」」
【提言】
加藤 秀一 「亡き人を〈悼む〉こと、「死者」を忘れること」
師 茂樹 「「死者」はどこにいるのか―仏教の死者観と人間中心主義―」
吉水 岳彦 「極楽に住き生まれて」
【全体討議】
佐藤 啓介(コメンテーター)・中村 玲太(司会)
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
本多 弘之「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(30)」
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■ 巻頭言
東 真行 「「信」をかえりみる——難波大助の問い—— 」
■ 連続講座「親鸞思想の解明」
講師 本多 弘之 「冥衆——見えざる存在の支え
報告 越部 良一
■ 英訳『教行信証』研究会報告
田村 晃徳 「生きた宗教としての大乗仏教」
■ 第1回現代と親鸞公開シンポジウム報告
加藤 秀一 「亡き人を〈悼む〉こと、「死者」を忘れること」
師 茂樹 「「死者」はどこにいるのか——仏教の死者観と人間中心主義批判——」
吉水 岳彦 「極楽浄土に往き生まれて」
佐藤 啓介 (コメンテーター) 中村 玲太 (問題提起・司会)
■ 「正信念仏偈」研究会報告
東 真行 「伝統に学びつつ「正信念仏偈」を読む」
■ 源信『一乗要決』研究会報告
藤村 潔 「東アジア仏性論争史における『一乗要決』の位置―源信研究の新たな射程―」
■ リレーコラム「近現代の真宗をめぐる人々」
藤村 潔 「住田智見(1868〜1938)」
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