■ 巻頭言
■ 連続講座「親鸞思想の解明」報告
講師 本多 弘之 「「難中の難」ということ」
報告 越部 良一
■ 研究員と学ぶ公開講座2022開催報告
報告 加来 雄之
報告 中村 玲太
報告 青柳 英司
報告 谷釜 智洋
報告 宮部 峻
■ 聖典の試訳(現代語化)『尊号真像銘文』末巻
菊池 弘宣 「聖覚和尚の銘文」②
講師 本多 弘之 「「難中の難」ということ」
報告 越部 良一
報告 加来 雄之
報告 中村 玲太
報告 青柳 英司
報告 谷釜 智洋
報告 宮部 峻
菊池 弘宣 「聖覚和尚の銘文」②
講師 本多 弘之 「究極的関心」
報告 越部 良一
谷釜 智洋 「『精神界』誌上にみる「浩々洞註」という名のり」
講師 伊藤 顕慈 「真宗教学史における慶秀の位置と教学理解」
報告 青柳 英司
菊池 弘宣 「聖覚和尚の銘文」①
長谷川琢哉 「江村秀山(1845〜1903)」
中村 玲太 「「悪凡夫正機」の歴史的意義――聖道門への対抗言説に注目して――」
谷釜 智洋 「『精神界』誌上にみる「解釈」欄の位置づけの再考――「浩々洞註」という記名などに着目して」
江原由美子 「現代社会とフェミニズム」
木村 哲也 「忘れられた存在を語り直す/忘れられた存在と出会い直す――ハンセン病問題と駐在保健婦――」
全体テーマ:「〈いのち〉という語りを問い直す」
【問題提起】
長谷川琢哉 「倫理的葛藤と〈いのち〉の言説」
中 真生 「「いのち」とその産み育ての結びつきを問う――「母性」、出生前診断、「赤ちゃんポスト」などを手がかりに――」
森川 輝一 「宗教と政治の間――ジャック・ロールズの冒険――」
【全体討議】
加藤 秀一(コメンテーター)・中村 玲太(コーディネーター)
全体テーマ:「近代の宗門教育制度と清沢満之」
【問題提起】
江島 尚俊 「真宗大谷派における教育制度と哲学」
川口 淳 「メディアと大谷派教育――明治20年代から白川党改革運動まで――」
藤原 智 「清沢満之と真宗大学(東京)の運営」
【全体討議】
林 淳(コメンテーター)・長谷川琢哉(コーディネーター)
本多 弘之 「 浄土を求めさせたもの――『大無量寿経』を読む――(33)」
講師 本多 弘之 「「胎生という問題」」
報告 越部 良一
宮部 峻 「研究会立ち上げにあたって」
講師 中西 直樹 「「近代仏教」再生の可能性と限界――新仏教と俗人登用の試みと挫折」
報告 谷釜 智洋
講師 原田 信男 「肉食の始原と否定・肯定の理論」
報告 中村 玲太
1985年東京都生まれ。
国士舘大学21世紀アジア学部卒業。
大谷専修学院本科修了。
東洋大学大学院文学研究科インド哲学仏教学専攻博士前期課程修了。
東洋大学大学院文学研究科インド哲学仏教学専攻博士後期課程在学中。
researchmapを参照。
『現代と親鸞』第44号
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「親鸞仏教センター通信」第81号
「親鸞仏教センター通信」第78号
「親鸞仏教センター通信」第75号
「親鸞仏教センター通信」第74号
「親鸞仏教センター通信」第77号
講師 江原由美子 「現代社会とフェミニズム」
報告 宮部 峻
藤村 潔 「『大乗涅槃経』を読む」
東 真行 「「正信念仏偈」を読む」
谷釜 智洋 「『精神界』を読む」
長谷川琢哉 「人間的行為の葛藤と〈いのち〉の言説」
中 真生 「いのちとその産み育ての結びつきと分離―「母性」、出生前診断、「赤ちゃんポスト」などを手がかりに―」
森川 輝一 「〈いのち〉と政治のパラドックス」
加藤 秀一 (コメンテーター) 中村 玲太 (開催趣旨)
宮部 峻 「森岡清美(1923〜2022)」

谷釜 智洋 TANIGAMA Chihiro
親鸞仏教センター研究員
(「彼方からの手紙」『WILD FANCY ALLIANCE』)
スチャダラパーによる1993年のアルバム『WILD FANCY ALLIANCE』。その最後を飾る「彼方からの手紙」は一番好きな曲のひとつだ。特に最近、この曲を頻繁に聴いている。はじめに引用したのは、その出だしの歌詞である。
この曲は、友人たちから届いた、一通の手紙というかたちをとっている。その友人たちは、なんだか快適そうな「彼方」を訪れているようだ。誰がどこから書いた手紙なのか、はっきりとは示されていない。不思議なメロディと相まって、発表されてから約30年経つが、現在も多くのファンに支持され、様々に考察されたりもしている。
たとえば、この曲での「彼方」とは彼岸、つまり、あの世であるとか、精神が解放された境地が「彼方」である、などと解釈される。聞き手の経験や価値観によって多様な感じ方のできる曲なのである。
この曲では、「彼方」にいる者たちが「『あぁ あいつも来てればなぁ』 って 本当にぼくも同感だよ それだけが残念でしょうがないよ」と、ところどころで繰り返す。
歌詞全体のなかでも、特に際立つ箇所だ。ここでは「彼方」にいる者たちが、近所の小川に行き、行ったり来たりしている様子が描写される。誰かが急にこんなことを言う。「川って海につながってんでしょ・・・」。そういうわけで彼ら(彼女ら?)は海に向かうのだが、数時間歩いたところで、また別の疑問を抱く。「川のはじまりって・・・」。彼らは来た道を数時間もどる。
言い換えれば、彼らは川の果を求め、次いで川の因を求めて、ついにもともといたであろう出発点あたりに回帰したようだ。「ねぇ なんかお腹すかない」。空腹に気づいたとき、彼らにはそれにもまして大切なことは、さしあたり見当たらない。しかし、それもいいじゃないか、とも思う。どうしようもない右往左往に見えるかもしれない。しかし、私はこのどうしようもなさに共感する。
何時間もかけて川沿いを放浪した彼らだが、決してそれ自体を無駄とは捉えていない。むしろ、そこにいない仲間と同じ時間や体験を共有したかったというところに価値を置いていることが伝わってくる。
考えてみれば、コロナウイルス感染拡大の状況下で、無駄な会話は控え、不要不急の用事は自粛する、そういう雰囲気が社会全体にあった。この約2年、人と体験を共有することはかなり難しい状況にあった。そして、それはある意味では致し方ないことでもあった。
当然、私たちは「彼方」にいる者たちのように自由気ままな生活をすごすことはできない。だけれども、私たちは今ここにいながら、目の前の仲間たちと同じ時間や体験を共有したいと思っている。そのことを、この曲は思い起こさせる。たとえ、どうしようもない時間や体験であったとしても――。
だから最近、「彼方からの手紙」を繰り返し聴いているのかもしれない。
谷釜 智洋 TANIGAMA Chihiro
親鸞仏教センター研究員

『añjali』WEB版 2022年5月15日号
石田 一裕
柿沼 陽平
今井 雅子
な み ち え
中村 玲太
伊藤 真
菊池 弘宣
宮部 峻
谷釜 智洋


親鸞仏教センター研究員
谷釜 智洋
(TANIGAMA Chihiro)
近年インターネット並びに電子機器の発展に伴い仏教伝道の方法に多様化がみられる。例えばYou Tubeでは僧侶や寺院が自らのチャンネルを開設し、法話が配信されている。仏教に関連する「法話」・「聞法」等といった言葉をYou Tube上で検索すれば宗派を問わず多くの僧侶が動画を投稿している。なかには数十万回以上再生された動画も存在する。
新たな仏教伝道の方法は法話に限らない。現代的な音楽に合わせて『般若心経』を読誦する動画も人気を博している。多種多様な入り口を介して仏教に触れてもらう狙いがあるのだろう。
これらについて賛否はあるようであるが、新たな仏教伝道の試みとして注目されるものである。
さて、いくつか現在の仏教伝道の方法についてみてきたが、時代に応じた伝道は、常に仏教者たちによって模索されてきた。近代には、叢書を用いた伝道が始まり、時間や場所を問わず、人々が仏教に触れる機会を広げたとも言われている。
戦後日本、真宗大谷派からも「同朋叢書」が刊行され、同朋会運動の一端を担ってきた。同叢書において人気を博した著者の一人に米沢英雄がいる。彼の代表作である『魂の軌跡』は、当時多くの同朋の心を掴みベストセラーとなり広く親しまれてきた。著作集のあとがきで、『魂の軌跡』について次のように回想している。
文中に『法華経』のことが出ます。真宗に法華経は不穏当だと言われそうですが、要はわかればいいと思っています。日本人だからといって日本料理だけ食べるわけじゃないでしょう[……] 栄養になれば何を食べていいと思います。主体さえ確立出来れば、それでいいのではないか。
(『米沢英雄著作集』第1巻、217頁)
このように、教理を料理に例え、「栄養になれば何を食べてもいい」と、信仰の「主体」さえ確立することが出来れば、どのような教理に触れてもよいのではないのかという。
また、米沢は『別冊同朋』の報恩講特集号に次のような文章も寄せている。
人間は何か新しい療法を求めたり、コンピューターによる何々とかにとびついたりします。しかし今新しいものは、やがて古いものになるのです。仏法は永遠に古くならないものです。[……] 真実というのはいつも新しい、この真実をつきつめたところに真宗があるのです。これは流行に左右されません。どんな平凡な、毎日同じような仕事をやっていても、宗教心さえ芽生えておれば、いつも新しく生きておられるのだと思います。
(「真なる故に新しい」『米沢英雄著作集』第1巻、209頁)
ここで米沢は、新しいものはやがて古いものになるが仏法は永遠に古くならないという。また、仏法を真実という言葉に置き換え、それは流行に左右されないという。
いつの時代も仏教伝道の方法は様々なものが試されてきた。しかし、方法は問題ではないのだろう。発信側、受信側に限らず、確かな信仰とは何かということが問題ではないだろうか。なるほど、米沢の言葉は流行に左右されるものではない。だからこそ、今も新鮮だ。
(2021年10月1日)

今との出会い 第231回「病に応じて薬を授く」
2022年8月01日
今との出会い 第231回「病に応じて薬を授く」 親鸞仏教センター主任研究員 加来 雄之 (KAKU Takeshi) 「また次に善男子、仏および菩薩を大医とするがゆえに、「善知識」と名づく。何をもってのゆえに。病を知りて薬を知る、病に応じて薬を授くるがゆえに。」(『教行信証』化身土巻、『真宗聖典』354頁)…
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今との出会い 第230回「本願成就の「場」」
2022年6月01日
今との出会い 第230回「本願成就の「場」」 親鸞仏教センター嘱託研究員 中村 玲太 (NAKAMURA Ryota) 「信仰を得たら何が変わりますか?」――訊ねられる毎に苦悶する難問であり、断続的に考えている問題である。これは自身の研究課題とする西山義祖・證空(1177…
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今との出会い 第229回「哲学者とは何者か」
2022年5月01日
今との出会い 第229回「哲学者とは何者か」 親鸞仏教センター嘱託研究員 越部 良一 (KOSHIBE Ryoichi) 今、ヤスパースの『理性と実存』を訳しているので、なぜ自分がこうしたことをしているのかを書いて見よう。…
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今との出会い 第228回「喪失の「永遠のあとまわし」―『トロピカル〜ジュ!プリキュア』論―」
2022年4月01日
今との出会い 第228回「喪失の「永遠のあとまわし」―『トロピカル〜ジュ!プリキュア』論―」 親鸞仏教センター嘱託研究員 長谷川 琢哉 (HASEGAWA Takuya) 娘が4歳になって幼稚園に通うようになると、プリキュアを見るようになった。それまでは恐竜や妖怪の人形でおままごとをしていた娘が幼稚園の友達の影響でプリキュアを見るようなったことに対しては、感慨とともに若干の寂しさを覚えたが、私が日曜朝の『トロピカル~ジュ!プリキュア』(以下、『トロプリ』。ABCテレビ・テレビ朝日系列にて放送)を娘と一緒に楽しみにするようになるまでほとんど時間はかからなかった。…
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講師 梯 信暁 「源信『往生要集』の菩提心論」
報告 藤村 潔
藤村 潔 「『大乗涅槃経』を読む」
東 真行 「「正信念仏偈」を読む」
谷釜 智洋 「『精神界』を読む」
テーマ:世紀転換期の宗教思想運動—内村鑑三・綱島梁川・清沢満之—
赤江 達也 「「無教会主義」の波紋―内村鑑三から塚本虎二へ―」
古荘 匡義 「実験と言説―綱島梁川からの宗教思想運動―」
名和 達宣 「「精神主義」運動の波紋―曽我量深を中心に―」
鶴岡 賀雄 (コメンテーター) 長谷川琢哉 (開催趣旨)
菊池 弘宣 「源空聖人の真像の銘文(『選択集』 に関する銘文)①」
藤村 潔 「小栗栖香頂(1831〜1905)」