人間は合理的な生活を追求してきたのであるが、現代のいわゆる先進国の人びとは、はたして生きることに満足が与えられているのであろうか。忙しく情報に振り回されているのが実態なのではないか。そして孤独と憂愁にとりつかれ、不安の生活に沈んでいくことが多いのではないか。

 現代社会はこの方向に進展し、資本主義社会において功利性を追い求め、合理性を追求する結果、人間の本来性から遠ざかっていくように思われてならない。その合理性の追求は、真理の基準を人間の理性に置いているのだが、その方向が遂にAIをも生み出し、人間自身の存在の意味すら危ういものとされてきているのである。

 ここに掲げた「存在の故郷」というテーマは、仏教の教える「真如」とか「一如」を存在が帰るべき故郷といただくことにおいて、人間存在が帰るべき本来性を解明しようとするものである。存在の本来性を回復することによって、生存状況それ自体に充足し満足できる道が与えられることを開示しようとするものである。

 仏道とは、存在の本来性の回復である菩提(その本来性たる無我、涅槃、一如などと表現される無為法を覚ること)に向かって、自己の満足成就を求める道である。その求める行為は、実は存在の本来性からの「故郷へ帰れ」という呼びかけなのだと了解したのが、浄土教の歩みであった。その呼びかけを唐の善導は「他郷には停まるべからず」と教え、「帰去来(いざいなん)」と呼びかけている。「安楽浄土」という表現には、この現世を「五濁悪世」と気づかせ、生存の成り立っている場所の問題性を相対化することにより、自己の本来性への課題に目覚めさせる意義がある。

 しかるに、その存在の根源への呼びかけは、「菩提心」として相続され、仏教徒である限り抱くべき精神的支柱と考察されてきた。その課題を、私たちを浄土へと呼びかける根源的な願(本願)とすることにより、大乗の大菩提が一切衆生に成就することが誓われることとなる。この本願の思想においては、この課題を担う真の主体は、一切衆生の根源的主体たる法蔵菩薩であると教えられる。すなわち個人的な菩提心の課題であったものが、衆生一切の根本的な課題となるのである。そして法蔵菩薩は、一如宝海から立ち上がったと解釈されることとなる。個人的な願心たる菩提心は、この広大なる願心に包まれ、この願心の成就を信ずることで、大乗の大涅槃を成就する道に立てるとされてくるのである。 了

(2025年元旦)

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 曇鸞が気づいたことは、第十一願のみではなかった。第十八願の成就を意味づけるために、第二十二願をも加えているのである。第十八願に第十一願・第二十二願を加えることによって、浄土への往生を得た衆生に大乗菩薩道の完成たる仏の位を与え、人間存在の完全満足たる大乗仏教の大涅槃(阿耨多羅三藐三菩提)の成就を与えるのだと、明らかにされたのであった。

 曇鸞大師は『浄土論註』において、天親菩薩が語っていることを、衆生が菩薩道を成就するとは、自分が成仏道を成就するとともに、利他すなわち他の衆生にも仏道を成就させることであるとし、浄土と穢土とを往復することで、それが成就するのだと解明されたのであった。

 しかし、愚禿の自覚で法然の説く浄土教に帰した親鸞は、この浄土の利益は大悲の教えの内容であり、その意味において、この利益が徹底的に阿弥陀如来の本願の用(はたら)きであると受け止め、曇鸞の解釈を受けながら、この穢土と浄土の往還の用きを如来の願力の表現として受け止められた。すなわち天親菩薩の説く本願力回向が、「如来の二種回向」として衆生に用くことを示しているのであって、それを衆生は信受するのだとしたのである。

 菩薩道の課題を語る『華厳経』が、菩薩道の締めくくりで「普賢菩薩」の名を出している。「普賢行願品」がそれであるが、その課題が阿弥陀の本願においては第二十二願で語られている。この課題は、願文では「十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して、無上正真の道を立て」(『無量寿経』上巻)る、とされてあり、その願いが阿弥陀の浄土の利益として成り立つのであって、浄土の菩薩には普賢菩薩の行が自(おの)ずから出てくるのだ、と示されている。

 天親菩薩は、『願生偈』で阿弥陀の浄土の菩薩功徳を語るところに、「一念および一時に、普く諸仏の会を照らし、もろもろの群生を利益す」と語られている。この菩薩の用きを、親鸞は「罪悪生死の凡夫」・「生死罪濁の群萌」たる我らへの呼びかけとして受け止めた。そして浄土から用き出た菩薩とは『無量寿経』の本願を起こす法蔵菩薩である、と信受された。

 それを晩年の仮名聖教『一念多念文意』に、「一如宝海よりかたちをあらわして、法蔵菩薩となのりたまいて、無碍のちかいをおこしたまう」と表現される。そこに、この一如宝海が『浄土論』の不虚作住持功徳の「功徳大宝海」に由来することが語られ、浄土の功徳とは、形なき法性・涅槃・一如をかたちのごとくに語る言葉であるとされたのである。

(2024年12月1日) 

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 阿弥陀の本願の中に、「必至滅度の願」(『教行信証』「証巻」)。親鸞は『無量寿経』の異訳『無量寿如来会』により「証大涅槃の願」〔同前〕とも呼んでいる)が語られている。曇鸞はこの願が、浄土の利益を表す願であると気づいた。それは、曇鸞が仏道の究極目的を見定めながら、自身の挫折体験を通して無量寿経の本願を見直したとき、当然出会うべき事柄であったと言えよう。実は曇鸞がこのことを表現したのは、天親菩薩の『浄土論』解義分の結びにある「速やかに阿耨多羅三藐三菩提(無上菩提)を成就することを得る」(『大正新修大蔵経』第36巻、233頁a。原漢文)という言葉を解釈するためであった。

 阿弥陀の因位法蔵菩薩の願心には、様々な求道心の要求が網羅的に包括されているのであるが、その中で願心の中心でもあり、願心の根幹とも言うべき事柄を、この言葉の解釈において明らかにしているのである。そのために三願(第十八願・第十一願・第二十二願)を取り上げ、それらによって無上菩提が速やかに成就する、すなわち仏道の根本たる大菩提心を成就することができるとしているのである。つまり、因位の本願の課題が、一切衆生を平等に包んで衆生の本来性たる一如・無我の生命を自覚させようとすることにある、と見ているのである。

 人間が無始以来、無明煩悩の闇のなかにあったとは、仏教の見いだした人間存在の事実である。その人間が無明の闇を晴らそうとして求道心に立ち上がるとき、その闇の深さと重くのしかかる煩悩に悪戦苦闘することになる。この人間の存在自身の深みから来る罪悪性の闇の深さは、自己の有限なる努力たる難行苦行で拭い去ることなど到底できないのである。

 仏陀釈尊の命がけであった六年に及ぶ難行苦行も、その甲斐無く苦悩の闇から脱出することはできなかったと伝えられている。しかしこの難行苦行によって存在の闇から脱出しようという志願は、繰り返して菩提心を成就しようとする求道者達を突き動かしてきた。それが無駄にならざるをえないことが、大乗仏教の運動の中で広く共感され、そこから菩提心の問いが大悲の本願を呼び起こすこととなっていったのではないかと拝察される。法蔵願心の発起は、五劫思惟という不可思議の時間を通し、兆載永劫の修行という無限の努力の形で語り伝えられてきているからである。

 本願が語り継がれるようになったとき、法蔵願心はあらゆる衆生に仏道を成就せしめて究極の存在の根源たる大涅槃を施与しようとする願を立て、それが成就することをもって、阿弥陀仏の名も成り立つのだと、了解されてきたのである。

(2024年10月1日)

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 衆生の本来性である「一如」・「大涅槃」は、釈尊の体験における「無我」を表現したことに相違ない。その無我が衆生の本来有るべきあり方ということである。しかしそのあり方を求める衆生は、その意識分別を如何にして無我の状態にすることができるのか。

 釈尊滅後の僧伽においては、仏陀の生前の説法を収集することで仏陀を憶念し、仏法を再現しようとしたのであるが、いわゆる小乘の立場では、生ける仏陀の体験そのものを確保できたのは、仏弟子たちの中で十大弟子をはじめとするすぐれた弟子たちであったと信じられてきた。その弟子たちは生前に仏陀釈尊によって、必ずさとりを開くであろうと予言されていたからである。

 これが大乗仏教の時代になると一切の求道者への予言として受け止めようということから、不退転とか正定聚という言葉が言い出されてきた。そのことを確信する歩みの展開として、大乗の求道者たちの中に、『華厳経』十地品のような菩薩十地の教えが説き出され、そして龍樹の名で伝えられる十地品の解釈書『十住毘婆沙論』が鳩摩羅什によって中国に翻訳伝達されている。その初地の解釈において、易行不退が言われ、それを曇鸞が取り上げているのである。

 『十住毘婆沙論』の場合、それまでの求道心のあり方に立ちながら、その求道心に耐え得ない軟心の菩薩の要求に答えるがごとくに、称名易行が表されている。

 このように無我の体験を求め続けた仏道の伝承は、迷いと分別に振り回されながら、衆生からの自力の菩提心を必要条件として、教えていたのである。それに対して、一切衆生の救済を願ってやまない悲願において、阿弥陀如来の浄土のもつはたらきの中に、究極的な衆生の本来帰すべき故郷を表し、それを仏陀のはたらきとして衆生に与えようという願心が、浄土からの呼びかけとして考察されてきた。衆生が本来有限であり、煩悩を脱出できる因縁すらないという視点から、それにもかかわらず一切衆生の菩提への道を開かなければならないという、大いなる慈悲心が阿弥陀の本願力として考察されてきたのである。

 この視点を衆生が獲得するためには、長い求道の結果、その道に挫折せざるを得ないという事実を、待たなければならなかった。それを経験したのが中国の六朝時代に四論宗の学匠であった曇鸞なのである。曇鸞の伝記にある仙経に迷ったという事実を、親鸞が和讃や「正信偈」などで取り上げているのは、この事件によってこそ菩提心の挫折をくぐって、大悲による他力の救済が凡夫に自覚されることを得たという、親鸞の確信があったからであろう。

(2024年9月1日)

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 この難信の課題が起こってきたのは、仏陀が衆生を無我の菩提に導こうとするそのとき、生きている釈尊を人間の模範として見ている衆生の眼に根本的な誤解があったからではないか。釈尊が入滅せんとするに当たって、仏弟子たちが寄り集うて悲歎の涙に暮れている様子が、釈尊の涅槃像を通して伝えられている。三千年になろうとする時間を超えて釈尊の入涅槃が仰がれるのには、いかなる意味があるのだろうか。

 そもそも仏陀はさとりを言葉(教法)として表現し、その言葉によって衆生に菩提を体得させようとこころみた。それが、仏と法(ダルマ)と、それを受け止めようとする衆生(僧伽)という、三宝(仏・法・僧)として表現されたのであるが、そこでは仏陀としての人と教法としての法とは判然と分位されていたはずである。

 それをさらに明示したのが、仏陀が入涅槃に当たって示された教言、「法によって人に依らざれ」という教えであった。人間としてこの世に現れた釈迦牟尼世尊に、あまりに深く執着することを助長する涅槃像は、広く情念に呼びかける力はあるであろうが、果たして仏陀のかかる教示に敵うのであろうか。

 釈尊滅後当初の時代は基本的に仏陀釈尊の存在を表す痕跡が、仏足石のみに限られていたとされている。してみると、涅槃像は次の時代、すなわち釈尊の存在が見えなくなった時代に入ってから作られたに相違ない。それに加えて、滅後しばらくの間は、教えが僧伽における言葉の唱和によって伝授されていたようであるが、次の時代には、教言が文字として記述され、記録された経典としてダルマ(法)が伝授され始めたと、言われている。

 文字に表記された教言が、僧伽の中心で経典として仰がれるようになり、ダルマが文字として伝授され始めたという。そのことと、大乗経典の起源とが重なっているということが明らかにされてきているのである。

 釈尊の存在したことの意味は、仏陀となることを人類の普遍の本来帰るべき方向性として表現したことにあるというのが、仏教徒の仰ぐべき指標である。その方向性の極点に、大涅槃という課題が教えとして見出されたのであろう。そこに、「本来帰るべき故郷」ということが大きな目標であると共に、一切衆生がその本来あるべきあり方から呼びかけられていると表現されてくる必然性もあるのではないか。その本来性が「一如」とか「法性」とか、「大涅槃」と言われていると理解されているのである。

(2024年8月1日)

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 「難中之難 無過此難」(『無量寿経』下巻)とされる他力の信は、真実報土への往生を必然とする。親鸞は、その内実を釈迦如来の名で説かれる『無量寿経』の願心とその成就との文に見出された。その必然性を確保する力は、「他力と言うは、如来の本願力なり」(『教行信証』「行巻」)と押さえられていて、阿弥陀如来の大悲の力だとされる。法蔵願心の成就(果)たる阿弥陀如来の力なのである。この力について曇鸞は、因位法蔵菩薩の本願の力と成就した阿弥陀仏の仏力が、願力成就として信心の行者にはたらくのだと注釈される。それによって、阿弥陀如来の浄土の功徳に必ず値遇できるのだとされるのである。

 この願力成就の功徳が、大乗仏教の「大涅槃」であり「一如」でもあることを、親鸞は「仮名聖教」で明らかにしている。この大乗仏教の至極である大涅槃こそが、いま筆者がここに表現しようとする「存在の故郷」なのである。大乗仏教の大涅槃を、親鸞は大乗の『涅槃経』によってさまざまな観点から取り上げているが、その課題として阿弥陀如来の本願力を信受するところに、我ら罪業深重の衆生に大涅槃が必ず成就するのだと論じておられるのである。

 しかし、ここに大きな難問が生ずる。この「本願成就」の事実は、現実の生存のなかにいる我らのうえに、何時・どこで生起しうるのか、という問いである。我らの生存は、煩悩の身を離脱できないから、この生起は各人の「臨終」を待たねばならないのか。しかし、阿弥陀如来の別号たる無碍光は、いかなるものにも妨げられないはたらきであることを告げているのではないか。煩悩の身が摂取されることこそ、私たちがこの願心をいただくということではないか。

 臨終を待って本願が成就すると誓うのは、第十九・第二十の願の意になる。第十八願は、成就文に「願生・即生」とあり、その「即」の文字に、親鸞は時・日を隔てないことだと注釈しておられる。そして、我らの身は本願を信じたからと言って、煩悩がなくなるわけではない。そのことを、「浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし」と言っている。しかし同時に「無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども 弥陀の回向の御名なれば 功徳は十方にみちたまう」とも言っておられるのである。ここに、難信の奧義があるようだが、これを突破するのが容易ではないことを、親鸞は「信巻」(『教行信証』)の三一問答「信楽」釈で、衆生のいかなる努力をもってしても「往生は不可能だ」と言われているのである。

(2024年7月1日)

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