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濁浪清風
悲しみを秘めた讃嘆(6)
   親鸞は、『教行信証』「行巻」に『論註』を引用されるについて、この曇鸞の「二種の道」から文章を引き始め、易行道を選ぶについて時代の困難性に「五種の難」があることに触れている。その五番目に、「ただこれ自力にして他力の持(たも)つなし」(東本願寺出版『真宗聖典』、168頁)とあり、その自力を「陸路の歩行」に例えている。これはいかなる事情を困難であると見たのであろうか。

  曇鸞の生きた時代が中国において王朝を開くものが次々に変わり、三国六朝と呼ばれる時代のただ中であった。インドの状況も、内には「五種の難」の中に「外道」とされている思想として、古来、インドの神々の信仰があるのみならず、西の文化圏からの宗教が入ってきていた。静かに座して内観反省することを主とする仏教の方法には、それを実践して成仏するまで歩む「不退転」の信念を確保することが、困難な状況が襲って来ていたのではなかろうか。

  そして曇鸞の言葉の中に、「無仏の時」という言葉がある。釈迦牟尼を求道の対象として追慕してきた仏教の僧伽(サンガ)に、釈尊滅後の数百年の時の経過により、求めるべき仏陀が極端に理想化され、神話的要素が加わって、もはや人間のモデルとして求めることが困難になっていったのである。それを「無仏」と表現したのではないか。

  そういう時代状況の大きな変化の中で、「ただこれ自力にして、他力の持つなし」と曇鸞が記述するのは、人間社会に信頼できる指導者もなく、自分の生きる目的も自分中心になっていくという、現代状況にも似たような危機感があったのではないか。その中に、「「易行道」は、いわく、ただ信仏の因縁をもって浄土に生まれんと願ず。仏願力に乗じて、すなわちかの清浄の土に往生を得しむ。仏力住持して、すなわち大乗正定の聚に入る。正定はすなわちこれ阿毘跋致なり。水路に船に乗じてすなわち楽しきがごとし」(前同)とある。それに加えて、親鸞が引用する『論註』に、『論』の題名のことがある。そこには、「『無量寿経優婆提舎』は、けだし上衍の極致、不退の風航なるものなり」(前同)とあり、いわゆる大乗仏道の極致であって、不退転を開く道として、風を頼りに海路を航行することが示されている。

   これらのことは、天親による『論』の示すところを、『無量寿経』の称名による「正定聚」・「不退転」にあると見定めているということである。唯識思想の大家たる天親の、自利利他円満への願心は、大悲の如来・阿弥陀仏の本願に支えられてこそ、成就し得るということなのであろう。(続) (2021年12月)

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