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親鸞仏教センター通信
第77号 June 2021
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パンデミックの中で法蔵願心を憶う

親鸞仏教センター所長 本多 弘之
 今回の新型コロナウイルスは、昨冬に中国武漢で発症して以来、全世界で1億人を超える感染者、250万人を超える死者を出しているが、未だ衰える気配を見せていない。日本も、国をあげての対策や、医療従事者の懸命の努力にもかかわらず、重症患者が減らず、それに応じて死者の数も増えている。

 こういう事態に、筆者も高齢者の例に漏れず、感染すれば重症化するであろうという不安があり、人との接触に当たっては、いつ何時感染するかもしれないという畏れを感じてしまうのである。こういう日常において、阿弥陀の大悲を仰ぐという教えが、ウイルスの感染に対して、いささかでも防疫に効果があるなどとは、人様にも申し上げられないし、そもそも自分でもとてもそんなことは信じられない。では一体、こういう不安の中での信心の生活を、どのように持続することができるのであろうか。

  ここに思い起こされてくるのが、『無量寿経』嘆仏偈の最後にある「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」(たとい、身をもろもろの苦毒の中に止るとも、我が行、精進にして、忍びて終に悔いじ)という言葉である。これは法蔵菩薩が、師である世自在王仏の前に、師仏の功徳を讃嘆すると共に、自分もその仏の徳と同じような徳を備えるべく、身命をかけて自分の国土を建立する志願に立ち上がろう、と誓う偈文である。

 弥陀の名号には、この法蔵菩薩の志願が内に蓄えられ、衆生に大悲を呼びかける言葉として選択されたという意味がある。名号を憶念するところには、常に因位法蔵菩薩のご苦労が付帯しているのである。果となった阿弥陀の功徳を感ずるだけではなく、因位法蔵のご苦労に同心することが、信心の生活には必要なのであった。

 そもそも我らの日常生活は、五濁の世を煩悩がらみの関心で過ごしていて、法蔵願心のご苦労などはどこかへ置き忘れられている。それに加えてコロナ禍で、心配や不安で胸の中はいっぱいである。しかしこういう生活こそ、実は法蔵願心の「我行精進 忍終不悔」に同心して、我らの不安や畏れをものともしない念仏生活を感じていける場だと思われる。煩悩が主人公のような顔をして忙しく働いている日常生活は、実は法蔵願心の主な忍辱の場なのである。欲望や腹立ちだけが煩悩なのではない。不安や畏れも煩悩である。

 煩悩具足の凡夫の日常生活が法蔵菩薩の主戦場であると知れば、このコロナの蔓延も、法蔵願心を憶念する絶好の機縁となると思うのである。
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