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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2002年11月26日、川越プリンスホテル(埼玉県川越市)において、作家の辺見庸氏を迎え、「現代と親鸞の研究会」を開催した。
 超帝国主義国家・アメリカの価値観のみに蹂躙(じゅうりん)される国際社会、そして、戦後民主主義が有名無実化してしまった日本の現状も危惧されている。この危機的状況に一人ひとりがどう向き合っていくべきかについて、辺見氏に語っていただいた。ここにその一部を紹介する。(本多雅人)
われわれは、いかなる時代を生きているのか

作家 辺見 庸
■国家・組織の貌−内側からの眼、外側からの眼
 まずお話したいことは、1999年からの日本の変化ということがあります。国家や組織が持つ、恐ろしさや醜さというものは、内側からはなかなかわからない。それを指摘するのは外側の眼(まなこ)というか、眼の位置の自覚的な移動、移し換えのようなものを絶えずしておかないといけないのではないかと思います。
 ですから、日本という国が、平和国家であるという自意識を内側に持っていても、外側にはそうは見えない、見えていないという可能性が大いにあるのではないかということです。そういう意味で、この4年間で、われわれが気づかないうちに、日本は相当な「悪相」になっているのではないか。つまり、危機感のなさ、変化を感得し感知することへの鈍さということにおいて、1930年代と非常に似ているのではないかということです。この4年間、「周辺事態法」「盗聴法」「国旗・国歌法」、さらに「改定住民基本台帳法」も通っています。また、「国会法」を改正して、「憲法調査会設置法」という法律もでき、国会議員の過半数が憲法改正定を考えているということがはっきりしてきました。これに伴って、戦後の日本ではかつてなかったことですが、「有事法制」というものを何はばからず言える雰囲気が、1999年から出てきています。
 さらに、それに勢いをつけてしまったのが、2001年9月11日のアメリカの同時多発テロだったと思います。今年(2002年)に入って、いわば戦争への大きな流れと言ってもいいと思うのですが、4月16日に有事法案(いわゆる三法案、「武力攻撃事態法案」「自衛隊法改正案」「安全保護会議設置法改正案」)が、戦後初めて閣議決定されるという事態になりました。事実上の、いわば「無憲法状態」がここでできてしまったと言っても過言ではないと思っています。これらをまとめて考えると、日本という、この国の外面も内面も、実は、4年間で大きな変化を遂げている、ということを認めないわけにはいかないと思います。そういう動きに、一人の人間として、どう対処することがいいのか、ということを僕は考えています。
■〈言語圏〉の面から考える−意味の戦争
 組織や国家、あるいは会社や家庭の中には、それぞれ独自の言語圏というものが、自ずとあると思います。僕は最近、そういう、いわば「言語圏」という面からものを考えています。
 冷戦時代には、一方のプロパガンダには必ずカウンタープロパガンダという、いわば対抗言語というものがあって、言語圏の闘いが絶えず行われていたと思うのです。対抗的な価値、対抗的な言語を持ち得ないということが、冷戦後の閉塞状況を作っているわけです。 今度の9・11以降、アフガニスタンの現状その他を見ると、カウンタープロパガンダを完全に失って、事実上、米国の帝国的言語の時代に入っているのではないかと考えています。それ以外の概念を、「ブッシュ・ドクトリン」というものは認めていません。帝国的言語というのは、絶対言語と言い換えてもいいと思います。多様な価値観を認めるというドクトリンでは全くなくなっているのです。
 結論から言うと、僕自身、もうすでに「意味の戦争」に参戦しています。恐らく皆さんもまた、意識しようがしまいが、意味の戦争に、実はもう巻き込まれているはずです。僕という小さな戦線の中で、自分が考える世界の意味、人間の意味、あるいは非人間性ということは一体何なのか、あるいは宗教の意味というものを、自分で定義づけていかなければなりません。それと異なるものを、特に、抑圧して来る絶対言語に対しては、やはり四つ相撲を取らざるを得ない状況に来ていると考えています。
■持ち場からの表現を
 今の状況は、危険水域を遙かに超えて、臨界点に達しつつあると考えています。臨界点に達しつつあるというのは、北朝鮮問題もありますが、やはり、イラクに対する攻撃が秒読みになっているからだと思います。このまま行くと、世界の意味も、人間そのものの意味も、あるいは宗教の意味も、そういうものの一切を、超帝国主義と言ってもいいアメリカが統(す)べ、支配してしまいます。そして、その流れに抵抗すると、今度はテロリストのように言われるような世の中です。これは、かつての1930年代から40年代にかけての、ナチスドイツの肥大化以上の危険性があると思います。
 僕は、戦後民主主義というものが、「主義」ではなくて、むしろ集合的な「気分」、あるいは「知的お飾り」に過ぎなかったのではないか、という思いを非常に強く持っています。今の日本の現状である「鵺(ぬえ)のような全体主義」をそのようにしからしめているのも、実は、こういう集合的な「気分」が根っこにあるからではないか、と僕はずっと申し上げているわけです。
 その背景には、やはり天皇の戦争責任、あるいは戦後日本の再生における天皇の位置というものに、われわれのいい加減な始末の付け方があって、そのことが、われわれが主体を語れない、歴史というものを根源から語ることができない立場にしてしまった。そういうわれわれの位置を、まずその土台のところから作ってしまったのではないか。僕としては、意味の戦争というものの中で、自分自身がもう交戦状態にいると思っています。その中で、自分の言葉と思考を駆使しながら、今後とも闘い続ける以外にはないと考えています。
(文責:親鸞仏教センター)
辺見 庸(へんみ よう) 作家
1944年、宮城県生まれ。早稲田大学文学部卒業。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを経て96年退社。78年、中国報道で日本新聞協会賞、91年『自動起床装置』(文春文庫)で芥川賞、94年『もの食う人びと』(角川文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞される。他に、『ゆで卵』『屈せざる者たち』『眼の探索』『独航記』『単独発言』(以上、角川文庫)、『新・私たちはどのような時代に生きているのか』(岩波書店)、『反定義−新たな想像力へ』(朝日新聞社)、『永遠の不服従のために』(毎日新聞社)などがある。2003年4月から早稲田大学客員教授。また、『アンジャリ』第4号に「人間はどこまで非人間的になれるのか」を執筆いただいている。
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