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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2005年8月22日、東京ガーデンパレスにおいて、社会学者の橋爪大三郎氏を迎え、「現代と親鸞の研究会」を開催した。国家と宗教の問題がクローズアップされている現代において、橋爪氏は、国家の定義、さらには国家と宗教との関係を考える原理を明らかにされながら、靖国神社や教育基本法の問題性について言及された。
 ここにその一部を紹介する。(本多雅人)
国家と宗教―共同体の光と影をめぐって―

社会学者 橋爪 大三郎
■国家とは何か
 国家とは、一、税金を取る、二、公共サーヴィスを行なう、三、正統性を主張する、という三つによって定義できると思います。つまり、国家は、税金を取る見返りとして、公的サーヴィスを提供するわけです。税金と公共サーヴィスの関係は、「社会的再配分」といって、豊かな人から多く取って、貧しい人に多く利益が及ぶという機能をそなえています。ここに国家が広く支持される理由があり、それが正統性ということになります。この定義は、宗教や時代とは無関係に、およそ人間が生きている限り必ず存在するメカニズムであろうと思います。ですから、ここでの国家は、宗教と無関係という意味で、世俗的なものです。
■国家と宗教
 宗教と国家の関係で言えば、宗教がやることは、こういう国家は宗教的目的に合致しているということで、これを宗教によって補強する。あるいは、国家と宗教とは無関係であるということで、宗教の外側に国家を絶縁して分離してしまう。大きく分けて、この二つの態度があり得るわけです。以上が、国家と宗教の関係を考える場合の原理的な問題であろうと思います。そこで、国家と宗教の関係、特にキリスト教についてお話したいと思います。
 キリスト教は、イスラム教とは政治的国家に対する考え方がだいぶ違うと思います。イスラムの人びとは自分で法律を制定し、国家を樹立しますから、イスラム教の原点は政教一致です。キリスト教はさまざまな苦難をとおして、ローマ帝国との関係を築いていくのですが、その根底には、イエス自身がローマ帝国に対して、税金を取る権利を認めているということがあるのです。つまり、世俗的国家をキリスト教は否定していないと言えるわけで、それが「神の意思」であるというように理解できます。こうして、ローマ帝国もキリスト教を認めていきます。
 近代に入ると、国家主権は神聖なもので、教会に優越するという学説が主張されていきます。この原理でアメリカ合衆国も樹立されています。アメリカ合衆国は、どんな教会であっても、信仰の自由を守る。アメリカ合衆国が存在する理由は、信仰を守るためです。アメリカ合衆国そのものは、特定の教会に属することはしません。絶対に世俗的国家でなければならない。人民はアメリカ合衆国の憲法を守る。アメリカ合衆国は教会の信仰を守る。こういう交換関係が成り立っています。これは、ローマ帝国のときとまったく同じです。アメリカ合衆国の憲法に対する忠誠を、アメリカ国民はみな誓うわけです。憲法は世俗の契約であり、宗教上の信仰と無関係です。
■日本の近代化と靖国問題
 次に、日本について少し述べてみたいと思います。日本は、ヨーロッパ近代の伝統とはまったく無関係な社会であるのに、明治維新を境に近代化に成功しました。もちろん、急激な近代化で、現在もさまざまな問題を背負っていますが、憲法体制や資本主義経済をうまく組織して近代国家になったということは、世界史的に注目すべき事例だと思います。
 明治近代国家は世俗国家ですから、税金を集めて公共サーヴィスを行ないますが、もう一つには神聖国家のレヴェルであるので、二重構造になっています。天皇は超法規的、文化的存在であるとなると、国民が応召(おうしょう)に応じて戦地に行くというのは、超法規的なものの命令に応える神聖な任務になります。ですから、戦死すると英霊になるというのは当然である、ということになります。
 後者の論理は戦後に批判され、これを文字どおり戦前と同じように信じるということは、いまはできないわけですが、この二つのレヴェルの論理が、ごっちゃになっているのが、いまの靖国神社と英霊の問題だと思います。戦前の靖国神社は、国家が神道を管理するという考え方でできていて、宗教に対する国家の優位を強く主張するシステムです。宗教が国家に優越するというのは中世的ですから、このシステムは、国家主権説を日本流に翻案したもので、近代的なものと言えます。戦前は神道の体裁によって、人びとに公民の義務を理解させていたわけです。そういう意味で、国家そのものが教会であった側面があります。
 ところが、天皇が人間宣言をして、敗戦を迎えることによって、明治的な神聖国家が崩壊しました。それとともに、近代国家の公共性そのものを理解する枠組みも壊れてしまったのではないでしょうか。公共性の根拠は、ふつうの人民、ふつうの人びとのなかにあると考えています。いわゆる、ふつうの人が交流することが「公共性」です。私たちは、公共的な団体の一つとして、政治国家を組織します。公共性が復権されれば、公民としての義務を果たすことに対するリスペクト(respect 尊重)が復元されます。そうすれば、靖国神社は戦後社会のなかに位置づいて、神道という問題と切り離されます。靖国問題に対して、公民の義務としてのレヴェルでは評価するという論理を打ち出せば、問題の解決になるのではないでしょうか。
 「国を愛する」ということには、二つの次元があると思います。「郷土愛」と「政治的国家への忠誠」です。この二つは、全然違うことだと思います。私は、単純に愛国心がいけない、あるいは教育になじまないからと反対しているのではなく、教育基本法のなかに愛国心を謳(うた)うというのは、この二つをごっちゃにしていることが非常に有害だから反対しているわけです。あらためて個々人と政治国家の関係をとらえ直し、「公共」の新たな概念を確立することが大切であろうと思っています。
(文責:親鸞仏教センター)
橋爪 大三郎(はじづめ だいさぶろう)社会学者
1948年、神奈川県に生まれる。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、現在、東京工業大学大学院社会理工学研究科・価値システム専攻教授。著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『冒険としての社会科学』(毎日新聞社)、『橋爪大三郎の社会学講義1・2』(夏目書房)、『正義・戦争・国家論』『天皇の戦争責任』(以上、共著、径書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(筑摩書房)、『政治の教室』『アメリカの行動原理』(以上、PHP 新書)など多数。
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