親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 現代と親鸞の研究会
研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2006年5月16日、東京ガーデンパレス(文京区)において、映画監督の森達也氏をお迎えして、「現代と親鸞の研究会」を開催した。森氏は、オウム事件以降、いわゆる「善」「悪」二元論が突出して、その間のグレーゾーンがまったく消えてしまっているのが現在の社会状況である、と押さえられた。そのうえで、その状況と宗教の関わりについて問題提起をいただいた。ここにその一部を紹介する。(本多雅人)
現代における存在の不安と宗教

映画監督・ドキュメンタリー作家 森 達也
■オウムの側から見えた社会
 オウムの側からこの社会を見たらどう見えるかというのが、ドキュメンタリー映画『A』と『A2』の企画のコンセプトでした。その視点から見えてきたのは、予想以上に濃密な、この社会の断面としての市民社会であり、警察であり、メディアでした。オウムパニックの理由は、「動機の不確かさ」です。つまり、オウムが地下鉄にサリンを撒(まい)た動機について、僕たちはいまだわかっていない。やはり、動機がわからないと怖いのです。この恐怖や不安が媒介となって、共同体の内部結束力を無意識に求めてしまうのです。それがオウム事件以降の社会だと言っていいでしょう。
 「周辺事態法」「国旗国歌法」「通信傍受法」「個人情報保護法」「改正住民基本台帳法」と、国会の同じ会期中に、あっという間に法案が通過しました。さらに、オウム真理教(現・アーレフ)に対する「団体規制法」も通過しました。これは憲法違反です。この一連の動きは、恐怖や不安に対する共同体の結束です。しかし結束しても、まだ安心できないのです。では、どうすれば安心できるのか。一番いい方法は、まとまりのなかで異物を見つけることです。つまり、異物を全員で攻撃することで連帯できるのです。異物をいじめ、もしくは排斥します。すると今度は、その異物から報復されるかもしれない。それではどうするかと言えば、報復される前に先制攻撃を、という発想に至ります。これこそがアメリカだと思います。
 第二次世界大戦後のアメリカは、ずっとこの構造です。敵がいないと安心できないのです。敵がいて、それを攻撃している間は安心できるのです。その状態に、日本もオウム事件をきっかけに入ってしまいました。オウムによって日本人が変わってしまった部分、それが9・11を媒介にして世界中に広がっているというような感覚をもちます。それで、その後どうなるかと言えば、より一層、不安や恐怖が高まり、危機管理の意識が強くなっていきます。こうして、「善」と「悪」の二元論が蔓延してしまいました。本来は、善悪など厳密には分けられません。しかし、自分を「善」だと思い込むと、「悪」と対峙していくのです。
 こういう状況になりますと、メディアはそれに乗じて危機感を煽(あお)ります。そしてより一層、私たちは煽られるのです。それを繰り返していくうちに、とんでもないことになります。かつて、日本はそうでした。メディアに関係する彼らは、別に日本の社会を殺伐(さつばつ)なものにしようと思っているわけではないのです。しかし、当然ながら営利企業ですから、やはり利益を追い求めます。その過程のなかで、資本主義経済における市場原理がはたらくと、メディアはどんどん危機感を煽る存在になってしまうのです。さらにテレビはわかりやすさを目指し、曖昧さを捨ててしまいます。そのほうが、みんなが見てくれるからです。わかりやすさへの欲求が進み、ますます「善」と「悪」の二元論化が加速し、わかりやすい指導者も待望されるようになります。いまは、面倒くさい論理はいらないのです。要するに、その是か非かという二元論をみんなが取った。メディアも取ったのです。
■宗教の存在理由―死の恐怖と殺生の問題
 僕は「なぜ、オウムがあの事件を起こしたのか。その動機がわからないから、この社会はオウムに対して過剰に反応した」と言いましたが、でも僕は何となくその動機というか、構造に想像がついています。
 宗教のレゾンデートル(raison d'e^tre 存在理由)は、人が、「自分が死ぬことを知ってしまったことに由来する」と思います。死への恐怖です。その死への恐怖をいかに緩和するか、そのために宗教という装置があると僕は思っています。ですから、世界中を見ても、宗教のない文化はありません。人間にとって必要なのです。でも同時に、どの宗教でも、死んだ後の担保ということはとても大事な教義です。ここで、宗教のリスクが生まれるわけです。つまり、死と生を等価にする。もしくは、場合によっては、死と生をひっくり返してしまう。これはとても怖いことです。つまり、宗教が死の垣根を下げてしまうからです。あの世のほうが、この世よりもいいとなると、次々に、自殺も他殺も行ってしまうのです。これが、本当にあり得てしまうのです。
 オウム事件のとき、「なぜ、人を救うはずの宗教が人を殺すのか」とみんなが怒っていましたけれど、僕は、もしかしたら宗教の本源的な意味合いでは、あれはあり得るのかもしれないと思ったのです。このことは、こちらにとっては大迷惑ですが、オウムの信者にとっては善意なのです。ブッシュといっしょです。いま拘置所に入っているオウムの人たちは凶暴な連中なのかと言えば、それは違います。僕は、大勢の幹部信者たちと拘置所で会い、文通をしています。みんな善良で純粋です。善良で純粋だから人を殺したのです。もしかしたら、麻原彰晃もそうかもしれない。麻原については、まだ本当にわからない部分が多いのですが、悪意ではないのです。善意なのです。良かれと思う気持ちが、人を殺(あや)める。そういった瞬間、そういった宿命というものを人間はもっているのではないかという気がします。このことはオウムに限った話ではなくて、今後、どうやって宗教というものと、僕たち共同体とメディアとが共存できるのか、それはとても大事なテーマになると思います。ただ、仏教は、善と悪との二元論ではないと思っています。皆さんの考えをお聞きしたいと思います。
(文責:親鸞仏教センター)
森 達也(もり たつや)
1956年、広島県に生まれる。立教大学法学部卒業後、テレビ番組制作会社に入社。98年、オウム真理教を追跡したドキュメンタリー映画『A』を公開(ベルリン国際映画祭に招待)。02年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で映画『A2』が市民賞・審査員特別賞を受賞(レバノン、シリアの映画祭で招待上映)。著書に『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)、『こころをさなき世界のために=cd=ba52親鸞から学ぶ〈地球幼年期〉のメソッド』(洋泉社)、『A マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)など多数。また『アンジャリ』第10号に「宗教とメディア、そして善悪の彼岸」を執筆いただいている。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス