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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2007年8月23日、アルカディア市ヶ谷(千代田区)において、大正大学人間学部教授の弓山達也氏をお迎えして、「現代と親鸞の研究会」を開催した。そもそも、今日語られているスピリチュアリティとは何であるのか、そして、現代社会においてスピリチュアリティはどのように浸透しているのかについて、特に、スピリチュアル教育における生命観と宗教に着目して、弓山氏に問題提起をしていただいた。ここにその一部を紹介する。(嘱託研究員 本多雅人)
現代人の生命観とスピリチュアリティ

大正大学人間学部教授 弓山 達也
■ スピリチュアリティブームとその危険性
 「スピリチュアリティとは何か」と言ったときに、一つには現代的な宗教性のことを指しています。しかも、その現代的というのは、教団不在、つまり「世俗化」という言葉で申し上げていいかもしれません。教団が社会的な影響力を失っていくなかで、なおかつ求められているものを「宗教性」と呼ばせていただくと、この宗教性のことを「スピリチュアリティ」と呼び、また宗教を介さなくても、自己を超えた何者かとつながれるのであれば、それを宗教ではなくスピリチュアリティと呼ぼう、ということだと理解していいでしょう。しかしながら、教団不在の宗教性で、人間が本当に自分を超えたものとつながっていけるかどうかということは、人類史的なというか、人間文明上で、簡単に答えが出るような問題ではないだろうと思います。
 日本では、神や法ということも多少はありますが、それよりも、本当の自分とのつながりであったり、また自己と友人とか、家族とか、自分と何者かがどうつながっているのかということが主流で、超越性とはほとんど関係のないところでスピリチュアリティが語られているように思います。
 現在のスピリチュアルブームの危険性は、スピリチュアルというマーケットを展開しているということです。1年間に全国で数十回開催されるスピリチュアル・コンベンション(癒しとスピリチュアルの大見本市)は、その萌芽を十分に孕んでいる一大マーケットになりつつあります。人びとは、欲望をかき立てられてスピリチュアルを獲得するために投資をして、市場が広がって、さらに欲望が拡大され、飽くなき消費と欲望のサーキットのなかに身を投じていくことになっていきます。
 このことは、スピリチュアルというものが人間の生命のつながりとか、生命の連続性と関わっているとするならば、すでに人間の生命自体がマーケットの商品になってしまっているということなのです。それは、脳死・臓器移植とか臓器売買とは違った形の、目に見えないかたちでの売買で、目に見えないからこそ、市場は無限に広がっていくという問題を十分に指摘していかなければならないと思います。
■ 一面的生命観と宗教
 スピリチュアルブームの問題点について考えていきますと、今回のテーマの一つになっている生命観が大きく変容したことが挙げられると思います。生命観の変容という背景には、高度な管理社会における生命の操作とそれに対する揺り返し、カルトにおける生命の終しゆう焉えん(死)や断絶(つながりの否定)の強調とそれに対する揺り返しなどが挙げられます。私が憂うれいていることは、このスピリチュアルブームが教育の現場でも始まっているのではないか、ということです。
 『こころのノート』(文部科学省)は、国によるスピリチュアル教育の典型例であると考えています。文科省のいう、「目に見えないものを大事にする」とか「あらゆる宗教に共通する普遍的な宗教心」という文言こそ、まさにスピリチュアリティと呼べるわけです。具体的な、宗教ではない普遍的な宗教の文言が、『こころのノート』の中にはちりばめられています。そこでの「いのち」観とは、生命は自分のものであるが、与えられたという意味で、自分のものだけでないという「与えられたいのち」観、人間の生命は、宇宙や自然や人間を超えた大いなるものと「通じ合ういのち」観、そこでの「いのち」は、輝かせることが使命・目的とされる「輝くいのち」観です。
 問題なのは、いのちに対する苦悩、そして不条理ということが徹底的に排除されてしまっていることです。ですから、きわめて一面的な世界観、人間観が展開されています。また、形のうえでは宗教が扱うであろう、人間を超えた大いなるものの存在に対する省察に向かわせるような教材になっていても、なぜこれが平板で一面的かというと、宗教が介在していないからだと思います。多くの場合、宗教は人間の苦悩やその闇、生きづらさや救われなさに目を向けて、そこからどのようにそれを超え、また超え出たものとつながっていくのかという道筋を示してきました。その宗教を抜きにして、超越的なものと結びつこうとしたときの、ある種の危険性とか、きわめて空虚な一面性というものを、官製のスピリチュアル教育の教材は見事に示しているのでしょう。その点こそ、『こころのノート』は批判されなければいけないと考えています。
 しかし、批判するのは簡単です。そこで私は、「公教育に宗教性をもち込めばいい」と提案したいのです。すでに行われている教育のなかに、宗教を再発見することがスピリチュアル教育です。平和・いのち・環境に関わる教育において、宗教性をめぐる教材は揃っていますから、後は宗教者がどうやって関わるかということだと思います。
 スピリチュアルが宗教の土台である、と鈴木大拙が言い、しかもその土台が崩れているから、土台から作り直さなくてはいけないというのであれば、超越性をわれわれの文化のなかに確保し、取り戻していく回路、ツール、メカニズムを通じて、教育の現場に貢献していくことを、宗教者・宗教研究者も含めて考えていかなければならないことだと思っています。
(文責:親鸞仏教センター)
弓山 達也(ゆみやま たつや)大正大学人間学部教授
1963年、奈良県に生まれる。86年、法政大学文学部哲学科卒業。91年、大正大学大学院博士課程後期単位取得退学。博士(文学)。宗教社会学専攻。新宗教や現代世界における霊性の問題、若者の宗教観、宗教意識などをテーマに研究を進めるとともに、〈癒し〉〈自分探し〉〈霊性〉などをキーワードに、現代宗教などの調査を行う。著書に『天啓のゆくえ=cd=ba52宗教が分派するとき』(日本地域社会研究所)、共著に『祈る ふれあう 感じる=cd=ba52自分探しのオデッセー』(IPC)、共編に『スピリチュアリティの社会学=cd=ba52現代世界の宗教性の探求』(世界思想社)、『癒しを生きた人々=cd=ba52近代知のオルタナティブ』(専修大学出版局)、『癒しと和解=cd=ba52現代における CARE の諸相』(ハーベスト社)、責任編集に『現代における宗教者の育成』(大正大学出版会)など多数。
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