親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 現代と親鸞の研究会
研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2008年4月4日、アルカディア市ヶ谷(千代田区)において、山形大学人文学部教授の松尾剛次氏をお迎えして「現代と親鸞の研究会」を開催した。日本仏教史・宗教社会史がご専門の松尾氏に「現代における仏教の役割―葬式仏教再考―」をテーマに、葬式と仏教との関係、死穢(しえ)観の変化などに注目しながら、葬式仏教成立の歴史的意義と、現代における葬儀と仏教の役割について語っていただいた。ここに、その一部を紹介する。(嘱託研究員 本多雅人)
現代における仏教の役割―葬式仏教再考―

山形大学人文学部教授 松尾 剛次
■ 鎌倉新仏教の成立と葬送
 古代・中世の葬送を理解するうえで、「死穢」 の観念は重要です。死穢とは、死体に触れたり、 葬送、改葬、墓の発掘などに携わったために生ずる穢(けがれ)で、それに触れた人間は、30日間(体の一部が欠けた死体の場合は7日間)、神事や参内などを忌み慎むことになっていました。  中世においても庶民の間では、死体遺棄が一般的であったと考えられています。僧侶ですら、支援者のない人は、死にそうになったら、寺外に捨てられるといったことが一般的に行われていたのです。当時の僧侶は基本的に官僧(官僚僧)であり、衣食住の保証といった特権を有する一方で、死穢忌避の義務などがあり、葬式従事がはばかられていたのです。死穢を恐れるあまりに、死にかけた貧しく孤独な僧侶や非血縁の使用人は、外に連れ出され、ひどい場合には道端や河原などに遺棄されることが行われたのです。このように、死穢を避けることは古代・中世の人々、特に官人や官僧にとっては重要関心事であったのです。  では、いつから日本仏教は葬式に関与するようになったのかというと、私は鎌倉新仏教の成立と境内墓地の成立が重要な背景であったと考えています。  平安末、鎌倉時代において、説話集にしばしば葬式を望む庶民の存在と、慈悲のために穢れをはばからず葬式を行う僧侶の話が見られます。そうした庶民の願いに応え、組織として葬送に従事し、教団を形成したのが鎌倉新仏教の僧や旧仏教の改革派の僧たちであったのです。彼らが「遁世(とんせい)僧」と呼ばれたのは、「遁世」が、官僧世界を離脱して、仏道修行に励むことを意味するようになったからです。鎌倉仏教の担い手であった法然、親鸞、栄西、道元、日蓮、また旧仏教改革派の叡尊ら律僧たちは、官僧身分から離脱した遁世僧であったのです。遁世僧が一般民衆の葬式に関与すること自体、歴史的にはきわめて革新的な意味をもっていたのです。
■ 死穢を乗り越える論理
 この遁世僧によって、まさに日本仏教的な「死生観」が一般に広まりだしたのですが、葬送に従事した遁世僧たちは、死穢をどう見ていたのか述べてみたいと思います。  叡尊教団の「律僧」の場合は、「清浄の戒は汚染(わぜん)なし」という論理により、死穢を恐れず、厳しい禁忌を求められる伊勢神宮にすら参詣したのです。戒律を守ることは、社会的な救済活動を阻害するどころか、穢れから守ってくれるという死穢を乗り越える論理であったといえます。  さらに、叡尊教団の律僧たちは、斎戒(さいかい)衆という組織をつくり、彼らに葬送、非人救済といった穢れに関わる行事の実務を専門に扱わせました。この斎戒衆というのは、俗人でありながらも、斎戒を護持する人々で、いわば俗人と律僧との境界的な存在で、律僧たちが、直接関与しにくい活動(たとえば、戒律で禁止されているお金に関することなど)に従事したのです。こうした組織を作ったことにも、官僧が穢れに触れるとして忌避した活動に、組織として取り組もうとした律僧たちの決意が現われています。  次に、親鸞の門流もそのひとつである「念仏僧」の場合をみてみよう。念仏僧たちは、「往生人には死穢なし」という考えをもっていました。それゆえ、『法然上人絵伝』や『親鸞聖人絵伝』などの祖師絵伝に見られるように、弟子のみならず多くの非血縁の在家の信者が集って、死を悼むということが行われたのでしょう。この「往生人に死穢なし」という考えは重要です。というのは、法然以前において、極楽往生できる人は作善をつんだ数少ない人々に限られていたのですが、法然以後は、念仏者は原則的にすべて往生人となったからです。すなわち、法然は、「南無阿弥陀仏と称えることは、往生のための唯一の正行であり、それをすれば、だれでも往生できる」と説いたのであり、念仏者はすべて極楽往生できる以上、死穢がないことになるからです。それゆえ、法然門下の念仏僧は、死穢をものともせずに、念仏をすすめつつ、葬送に従事することが可能であったと考えられるのです。いわば、死体穢れ観から、死体成仏観へと変化したのです。  また、「禅僧」たちが、どのような論理を生み出して、死穢に対峙(たいじ)していたか、はっきりしませんが、死穢をものともせずに、葬送に従事した資料がいくつもあります。禅僧も死穢を超越していたのです。  以上、鎌倉新仏教によって葬式仏教が成立したことを述べましたが、中世の葬送において、律・念仏僧・禅がめざましい役割を果たしたのは、彼等が遁世僧として官僧の制約から「自由」であり、死穢のタブーに囚われていなかったからです。
■ おわりに
 葬式仏教といわれるのは、僧侶たちが葬式や年忌の法事、墓地の管理などにかまけて、現在を悩みながら生きている人々の救済願望には応える努力をしていないように見えることに対する批判です。しかし、翻(ひるがえ)って考えてみると、たとえば葬式をきちんと僧侶がとり行ってくれるというのは、一人の人間にとって「誕生」とならぶ「死」という一大画期を荘重かつ厳粛に通過したいという願いに応えていることも間違いありません。僧侶が行うのが葬式と法事だけというのは問題があるにせよ、僧侶が葬式を執り行うこと自体は、人間の根源的な願いに応えているのです。現代の仏教者は、こうした葬式仏教の革命的な意義を認識したうえで、葬式を丁重に行っていただきたいものです。
(文責:親鸞仏教センター)
松尾 剛次(まつお けんじ)山形大学人文学部教授
1954年、長崎県に生まれる。77年、東京大学文学部国史学科卒業、81年、同大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程満期退学。山形大学教養学部助教授などを経て、98年、山形大学人文学部教授。文学博士。専門は日本仏教史、宗教社会史。著書に、『勧進と破戒の中世史―中世仏教の実相』『鎌倉新仏教の成立―入門儀礼と祖師神話』『新版 鎌倉新仏教の成立』『中世都市鎌倉の風景』(以上、吉川弘文館)、『鎌倉新仏教の誕生 勧進・穢れ・破戒の中世』(講談社新書)、『救済の思想―叡尊教団と鎌倉新仏教』(角川書店)、『中世都市鎌倉を歩く』(中公新書)、『「お坊さん」の日本史』(NHK 出版)、編著に、『持戒の聖者 叡尊・忍性』(吉川弘文館)など多数。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス