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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2010年7月2日、東京ガーデンパレス(文京区)において、東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩氏をお迎えして「現代と親鸞の研究会」を開催した。現代の人間が抱えている生きづらさの正体と、それをどのようにしたら克服していけるのかという課題を、ハラスメントという概念を基にさまざまな角度から研究されている安冨氏に「親鸞の思想とハラスメント」をテーマに語っていただいた。ここにその一部を紹介する。(嘱託研究員 大谷一郎)
親鸞の思想とハラスメント

東京大学東洋文化研究所教授 安 冨  歩
■ ハラスメントという概念
 人間のまともさというのは、ものすごく複雑なものですから、なにかそれを定型化しようというのは本来不可能なはずです。逆に人間のおかしさ、とんでもなさというものは議論できるかもしれない。だから、どうやったらまともになるかということではなく、どういう状況でおかしなことになるのかと問題を設定すればきちんと議論できるということに気が付きました。そこで、私が到達したのが「ハラスメント」という概念です。つまり、ハラスメント的状況に置かれている時には人はおかしくなってしまう。ハラスメント的状況を解除すればそれなりにまともになる、というようなことを考え始めました。
 その後、研究が大きく転換して『複雑さを生きる』(岩波書店)、『ハラスメントは連鎖する』(光文社)、『生きるための経済学』(NHK ブックス)という三つの本を書き、近刊の『経済学の船出−創発の海へ−』(NTT 出版)とあわせて、大体一つまとまり始めたと考えています。その過程でいくつかの発見をしました。私は『論語』に非常に大きな影響を受けて今も研究をしていますが、『論語』に書いてあることと、現代のことと何ら変わらないのです。二千五百年くらい前でも、人間のありさまは、現代と考え方はあまり変わっていません。また、ブッダの言葉、ガンジーの思想、スピノザの思想、ソローの思想などいろいろなところでいろいろな方々の言っていることが基本的に全部同じことなのです。どういうことかというと、自分自身が自分自身と乖離(かいり)するという状態がよくないことなので、それを何とか自分自身で解消しなさいと。そこがずれてしまうと、いろいろ厄介な問題が生じてしまいますが、そこをきちんと統合するとその問題は消えてなくなる。しかし統合するのはとても難しい、ということなのです。
 そのように考えるなかで、もう一人、私が非常に関心をもったのが親鸞です。結局、親鸞が言っていることもそういうことではないかと思うのです。つまり、自分自身のあり方に立ち帰り、それを肯定する。その肯定する根拠は何かということが親鸞の思想のすごいところだと思うのですが、それは阿弥陀にすがればいいのだと。これはものすごく過激なアイデアです。
■ 宗教が創り出すハラスメント
 全世界において、宗教的なプレッシャーによって引き起こされているハラスメントというのは意外に強いのですが、一方、日本社会では、宗教というものが人間を原初的に、第一義的に苦しめることがないのです。それが日本社会の大きな特質だと思っています。平均寿命をみても日本人は長寿ですが、これだけ現代社会のストレスを受けながら長寿であるというのは、宗教的ストレスが少ないということが関係あるのかな、とすら思います。そういうことの背景には、八百年前に起こされた親鸞のイノベーションが関係しているのではないだろうかと最近は考えるようになっています。
 大抵の宗教は救いと称して、人をハラスメントにかけているケースが非常に多いのです。それは、別に宗教に限らなくても、大学でもそうです。何か権威というものが成立すると、それは必ず人々を救うと称して苦しめることが多いのです。日本社会において宗教的な苦悩というものはあまりないですが、これに対してヨーロッパ人というのは、見た目は合理主義的に行動しているように見えますが、実は宗教的苦悩というものを現代においても、とても引きずっているのだと思います。
 現在、主流となっている経済学である新古典派経済学というものの正体が何なのかというと、つまりそれは、プロテスタンティズムなのです。もっと言うとプロテスタンティズムとカトリシズムを融合する理論になっているのです。これはカトリシズム的な選択の積極性を認めつつ、結果としては神が事前に決めて予定していた状態に到達できるというプロテスタンティズム的予定説とうまく調和しています。

■ 魂の脱植民地化

  先日、ヨーロッパの Jung Institute(ユング研究所)で「魂の脱植民地化」というテーマで講演してきました。そこで私が言ったのは、自分に対する裏切りということです。それは、子どもが、親から愛情みたいなもの、つまりご飯を食べさせてくれたり、いろいろな物を買ってくれたりといったことは与えられるけれど、どうも愛情を感じられないという状況に置かれていると、子どもはこれが「愛」なのだと思い込まざるをえないのです。子どもとしては、親からの愛情がないと確信してしまったら死んでしまうしかないのです。だから、子どもは生き延びるために、愛されている実感がなくても今ここで自分に与えられているのは「愛」なのだと自分自身で思い込もうとする。これを「自分に対する裏切り」とアルノ・グリューンという心理学者は言っています。
 「自分に対する裏切り」は、親との関係に限らず教師や友人との関係などでも起こります。本当の愛情から逃げて、愛情に見えるものに引き付けられてしまう。それがハラスメント地獄です。転がり落ちていくのです。その状態から抜け出すためには、自分は愛されていないということを認めなければならないという非常に厳しいことがあります。
 とにかく自分が楽しいと思ったら楽しいし自分が嫌だと思ったら嫌なのだという、その自分の感覚に対して立ち戻るということをしないとだめだということが、魂の脱植民地化なのです。そのための手がかりとして、親鸞の念仏思想は非常に重要だと考えています。
(文責:親鸞仏教センター)

※安冨歩氏の問題提起と質疑は、『現代と親鸞』第22号(2011年3月1日号)に掲載しています。
安冨 歩(やすとみ あゆむ)東京大学東洋文化研究所教授
1963年生まれ。1991年京都大学大学院経済学研究科修士課程終了。京都大学人文科学研究所助手、ロンドン大学政治経済学校リサーチ・アソシエイト、名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授、情報学環助教授、東洋文化研究所准教授を経て、 2009年より現職。博士(経済学)。
書著に、『「満洲国」の金融』(1997年、創文社)、『貨幣の複雑性−生成と崩壊の理論』(2000年、創文社)『複雑さを生きる−やわらかな制御』(2006年、岩波書店)、『ハラスメントは連鎖する−「しつけ」「教育」という呪縛』(2007年、光文社)、『生きるための経済学−<選択の自由>からの脱却』(2008年、NHK ブックス)など多数。
また、『アンジャリ』第21号に「親鸞現生利益思想の現代的意義」をご執筆いただいている。
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