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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2012年3月12日、東京国際フォーラム(千代田区)において、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター准教授である平川秀幸氏をお迎えして「現代と親鸞の研究会」を開催した。科学的知識をいかに共有し、科学をいかに共に創り上げるかという科学技術コミュニケーションの問題に取り組んでおられる平川氏に「いかにして科学技術を生の言葉の営みのなかに取り戻せるか」をテーマに語っていただいた。ここに、その一部を紹介する。
(嘱託研究員 大谷一郎)
いかにして科学技術を生の言葉の営みのなかに取り戻せるか

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター准教授 平川秀幸(ひらかわ ひでゆき)
■ 欠如モデル
 私の専門の科学技術社会論という分野では、科学技術と社会、あるいは市民、人々との関係を「欠如モデル」という言葉で表すことがよくあります。
 これは、ある科学技術を巡って何か紛争が起きる、例えば遺伝子組み換え作物についてさまざまな不安が生じ、各地で反対運動が起こる。また、今現在、国内で最も議論が盛んなことですが、東日本大震災以降、放射能に対するさまざまな不安が広がり、被災地の瓦礫を各自治体で受け入れることに対して、各地で反対の声があがる。これらの紛争の原因を、それは基本的に人々が無知だからである、科学について、遺伝子組み換えについて、放射能について、原子力について無知だから不安になり、反対するのだという見方です。つまり、人々の知識が欠如しているから問題が起きるという見方です。
 したがって、その反対に正しい知識をわかってもらえれば、不安や反対は自(おの)ずからなくなるのだと。専門家からは「ご理解ください」とか、あるいは「素人はすぐに感情的に反対をする」という言葉をよく耳にします。最近のことで言えば、3.11以降、放射能について正しい知識を身につけて「正しく恐れよう」という言葉もたびたび耳にします。こうした言葉は、基本的には「欠如モデル」の見方・考え方を反映した言葉だと考えることができます。科学技術と社会、人々との関わり方をどのように考えるか、また実際にそれをどのようにして扱うかということをこれまで支配してきたのは、そのような見方でした。
 そうした欠如モデルについて、もう少し突っ込んで見ていくと、そこには「科学」対「感情」という、ある種の二分法が考え方のもとにあることが見えてきますが、科学技術をめぐる論争は、そのような単純なものではありません。

■ 欠如モデルから対話(熟議)へ
 イギリスに首席科学顧問といって、政府、特に首相に対して直接科学的、技術的な問題について進言・助言するアドバイザーがいます。その職にいたSir Robert Mayという科学者が残した言葉を紹介します。これは、遺伝子組み換え作物に関する論争に対してですが、このように言っています。
 「この論争は安全性に関するものではなく、どのような世界に生きたいと欲するかというはるかに大きな問題に関するものである。」
 つまり、論争で問われているのは、「どのような世界に生きたいか」という、われわれ一人ひとりが誰でも自分の言葉で語れる、考えることができる問題なのだということを述べたわけです。そこには欠如モデルの「ご理解ください」という科学者や政府から一方的に発せられる言葉から、市民の疑問や問題提起、意見から科学者や政府が学ぶこともあるような「対話」への転換が特徴づけられています。この転換の必要性を訴えた議会上院の報告書でも、このMay卿の言葉は引用されています。これらのことにより、社会との対話ということがこの後、イギリスでとても重視されていきます。
 その社会との対話について、最近、日本でも「熟議」という言葉が聞かれるようになりました。これはもともと政治学の言葉で、英語ではdeliberationです。わかりやすく言うと熟慮しながら議論し、議論を通じてさらに熟慮するということです。それを略して熟議と呼んでいます。これから、日本でもだんだん重視されていくと思うのですが、イギリスでは十数年前にそうした営みが科学技術の分野でも非常に重視されるようになりました。
 また、日本語でも「世論(せろん)」と「輿論(よろん)」という言葉を使い分ける場合があります。世論というのは英語で言うとpublic sentiment、つまり、どちらかというと、感情的な問題です。街頭でのアンケートのようにあまり深く熟慮したり、いろいろな知識や情報と照らし合わせて考えるということをしない場合と考えます。そうしたものは少し深く考えると、答えが変わってしまうことがたびたびあります。人々の意見を、熟議を経る前と後で分ける意味で「世論」と「輿論」と分けて使うことがあるのです。その意味で、世論というものを輿論に変えていく、輿論というものを社会のなかで育てていく役割が対話、熟議にはあるのです。
 これを別の角度から、特に個人の視点から見れば、他者と出会う場としての熟議ということが言えます。さらに、それは他者と出会うことによって、自分も新しく開かれていく機会でもあります。自分はこういう感じ方、考え方をするのだという自分の知らない自分を発見するわけです。広い意味での他者との出会いでもあるという意味づけができると思います。

■ 宗教者への期待
 本来、日本の歴史のなかで仏教は非常に公共的な役割を果たしてきたものだと思います。そして、お寺というのは近所の人たちや檀家さんが集まって日常的に議論をしたり、場合によってはそこで知恵を絞って、村の問題を話し合ったりする場として使われてきたと思います。しかし今、対話の場が不足しています。
 3.11以降、人々は津波や放射能の汚染によってさまざまなものを失い、特に津波で肉親や親しい人を失ったたくさんの人たちがいます。そこには失ったがゆえに見えてくるもの、渇望するものがありありと開けて、場合によっては言葉にならない闇として開けていると思います。そうしたものに光明を与える、言葉を与えるというのは、やはり信仰の言葉であると思います。
 仏教であれば、仏教を信仰されている人たちのなかで、信仰の言葉というものは、脈々と生きてきた言葉だったと思います。それをもう少し広く公共の言葉として、宗教の言葉、信仰の言葉が本来の力を取り戻す機会がもしかしたら今、訪れているのではないかと思っております。

※平川秀幸氏の問題提起と質疑は、『現代と親鸞』第27号(2013年12月1日号)に掲載しています。
平川 秀幸(ひらかわ ひでゆき)大阪大学コミュニケーションデザイン・センター准教授
1964年東京生まれ。1989年国際基督教大学教養学部理学科物理専修、1991年東京工業大学理工学研究科応用物理学科(非平衡統計物理)修士課程修了。2000年国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程(博士候補資格取得・退学)。国際基督教大学教養学部人文科学科非常勤助手、財団法人政策科学研究所客員研究員、京都女子大学現代社会学部講師、神戸大学大学院総合人間科学研究科非常勤講師、京都女子大学現代社会学部助教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員助教授、立命館大学大学院先端総合学術研究科非常勤講師、2006年大阪大学コミュニケーションデザイン・センター准教授。
著書に、『科学は誰のものか―社会の側から問い直す』(日本放送出版協会)、共著に『もうダマされないための科学講義』(光文社)、翻訳に『科学論の実在―パンドラの希望』(産業図書)など多数。
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