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研究活動報告
現代と親鸞の研究会
 2015年5月19日、東京のAP品川において、牧師の平良修氏をお迎えして「現代と親鸞の研究会」を開催した。現在、普天間基地の辺野古への移設やオスプレイの配備、離島への自衛隊の配備など沖縄に関するさまざまな議論が起きている。氏は沖縄で生まれ育ち、現在も沖縄に身を置きながら、信仰の立場から 沖縄の問題に精力的に取り組んでいる。
 今回は「沖縄を知る、日本を知る」をテーマに語っていただいた。ここに、その一部を紹介する。 (親鸞仏教センター嘱託研究員 大谷一郎)
沖縄を知る、日本を知る

牧師 平良 修 氏

■ 人間の存在の重さ
 太平洋戦争が終わったとき、私は中学生でした。敗戦後、疎開先の台湾からすぐに故郷の宮古島に戻りましたが、しばらくして、友人が私を宮古島の教会に連れて行ってくれました。私はそこで、笑みを満面に浮かべて確信をもって語る牧師に出逢いました。それまでの私は、天皇のためにすべてを捧げることが最高の善であり、最高の義であり、最高の愛であるような価値観で養われていましたが、その牧師は、教育勅語でなく聖書による新しい価値観を示されたのです。新しい人間の在り方、生き方、そういうものを示され、私はとても惹(ひ)かれ、これに賭けようと思いました。
 私は、聖書により自分というものの決定的な意味、深い意味において自分というものを知らされ、そして人間というものを知ることができたと思っています。例えば、旧約聖書のなかにイザヤという預言者がいますが、彼は、自分は母親の胎内にいたときから神に知られていたのだと言っています。また、新約聖書では、パウロという人は、自分は天地創造の前から神に知られていたと言っています。これはつまり、天地創造の神が、あなたが人生を生きるために地球を創(つく)るのだ、と言っているということではないでしょうか。私は、その深みにおいて私というものの存在を確認することができたのです。私は軽い存在ではない、私のために天地創造があったのだと言ってもいいくらいに重い存在なのだと。しかも、それは私一人のためだけではなく、皆同じです。その深みにおいて自分自身を正しく尊重し、また、隣人を同じように大事にして共に生きるということ。このことが聖書によって私の新しい人間理解として与えられました。
 聖書に、ある人がキリストに神の戒めのなかで一番大事なものは何かと問う場面があります。それに対してキリストは、第一の戒めは、全身全霊をあげてあなたの主たる神を大事にすることであり、第二は自分自身を大事にするようにあなたの隣人を大事にすることである。すべての戒めはこれに含まれるのだと答えられました。これは、目に見えない神を大事にするということは、目に見える人間を大事にするというかたちを通してしか証(あかし)できないということです。私は、人間を大事にする価値観に立ち、皆と共に生き、語っていきたいと思ったのです。

■ 高等弁務官就任式での祈り
 1966年に第5代の高等弁務官が沖縄に派遣されました。私はその就任式に立ち会い祝福の祈りをしてほしいという依頼を受けました。なぜ私が呼ばれたのかと言いますと、私はアメリカ軍のチャペルの奨学金を受けて神学校で勉強したという経緯があり、沖縄の牧師になってからも米軍のチャペルと親しくしていました。またアメリカから帰ったばかりで英語が話せるということもあったのでしょう。私はその高等弁務官の就任式の祈りのなかで、あなたが最後の高等弁務官であるように、と祈ったのです。これは大センセ−ションを巻き起こしました。イエス・キリストという方はご自分の権能を上から支配するというかたちでは決して用いなかった。人々の足を洗うというかたちでご自分の権能を示された方だった。彼にはその権能の用い方を習ってほしいと私は訴えたのです。
 軍事力をもって沖縄の民衆を支配しようとしているその体制に対して、私ははっきりと公的に全面的に否を突き付けたのです。弱いものと共にいること、虐げられた者と共にいるということ、決して支配する者の側に立たないということがキリストの道だと思います。それはキリストを信じ、キリストに仕えようとする者の道でもなければならないと思うのです。

■ 沖縄から日本を見るということ

 私は、日本人が日本という国を知る一つの大切な切り口として沖縄があると思っています。沖縄という切り口を通して見る日本という見方が当然なければならないと思っています。つまり、沖縄という鏡に映っている日本という国はどういう国に見えるかということです。
 「あなたは自分のことを日本人だと思いますか」、という質問は皆さん方の出身地ではありえる質問でしょうか。たぶん普通に
はありえないでしょう、当たり前のことですから。しかし、この奇妙な質問が可能な場所が沖縄なのです。以前、西銘(にし め)順治という沖縄県の知事が、「沖縄の心とは日本人になりたくてもなりきれない心だ」と言いましたが、どこかで日本人になろうと思ってもなりきれない、邪魔するものがあるわけです。その大きな理由の一つはやはり歴史の違いだと思います。沖縄はかつて琉球王朝が約五百年間続いた歴史をもっています。そして独特の文化、言語があります。またそれとは別に、政治的な理由もあると思います。それは琉球処分です。そして、それに端を発した植民地扱いに対する違和感、不信感、反感です。日本という国は、本当に信頼できるのか、自分たちと本当に血と肉を共有しているところの一つの身体だと言っていいのかということです。

■ 米軍基地の問題
 ご承知のとおり、沖縄は全国の土地面積の0.6%しか面積のない狭いところです。そこに全国の米軍基地の74%があるのです。日本全国を100人の村に例えるなら、沖縄がひとりで74を負担し、他の99人で26しか負担していないということになります。これはおかしいことでしょう。その不条理が当然のことのように通っていることを異としない日本政府、またそれを支えている圧倒的多数の日本国民は、沖縄からは非人間的存在にすら見えます。悲しいことです。
 
(文責:親鸞仏教センター)

※平良氏の問題提起と質疑は、『現代と親鸞』第32号(2016年6月1日号)に掲載しています。

平良 修(たいら おさむ)氏 牧師
 1931年12月15日、沖縄・宮古島生まれ。琉球大学英文科中退後、東京神学大学卒業、ジョージ・ピーボディ教育大学留学。沖縄キリスト教短期大学学長、日本基督教団佐敷教会牧師、日本基督教団宮古島伝道所牧師を経て、沖縄教区合同問題特設委員長、沖縄キリスト教センター運営委員長、一坪反戦地主会代表世話人などを歴任する。現在、日本基督教団無任所教師、沖縄人権協会理事。
著書に『沖縄にこだわりつづけて』(新教出版社)、『小さな島からの大きな問い―キリストとオキナワにこだわる一牧師の平和論』(新教出版社)など。
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