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研究活動報告
清沢満之研究会
第6回「清沢満之研究交流会」報告

世紀転換期の宗教思想運動
―内村鑑三・綱島梁川・清沢満之―
 清沢満之(1863 - 1903)が主唱した「精神主義」は、彼のもとに集まってきた弟子たちとともに、主に雑誌『精神界』を中心に展開された。『精神界』は世紀転換期の日本において、若者たちに熱狂的に受け入れられ、多様な波紋を及ぼすこととなった。しかし同様の現象は、清沢と「精神主義」に限定されるものではなかった。「無教会主義」を唱えた内村鑑三(1861 - 1930)もまた、同じ頃、『聖書之研究』などの雑誌や彼が主催した「聖書研究会」などを通じて、その影響を拡大していた。また自らの神秘体験を「見神の実験」として発表した綱島梁川(1873 - 1907)にも多くの若者が惹きつけられ、その信仰は多様なかたちで伝播していった。

 そこで今回の清沢満之研究交流会では、内村・綱島・清沢という宗教者たちの信仰とその伝播・波紋という現象を、世紀転換期の「宗教思想運動」として捉え、それらを相互に比較することを試みた。ある種のカリスマ性をもつ宗教者たちが、どのようなかたちでその信仰を伝え、それがどのような広がりをもつことになったのか。メディア論的視点や既成教団に対するそれぞれの距離感などを踏まえつつ、これらの宗教思想運動を比較検討することを通して、世紀転換期に生じた近代的信仰を多角的に考察した。議論は、内村・清沢の弟子たち、また綱島と「道友」たちとの関係性に及び、白熱した議論が交わされた。以下、それぞれの発表要旨と、それに対するコメントを報告する。 (親鸞仏教センター嘱託研究員 長谷川 琢哉)
■ 発表要旨
Ⅰ 「無教会主義」の波紋
     ―内村鑑三から塚本虎二へ―


赤江 達也(関西学院大学社会学部教授)

 1901年、清沢満之の「精神主義」、田中智学の「日蓮主義」と同じ年に、内村鑑三は「無教会主義」を唱えている。『基督信徒の慰』(1893年)で用いた「無教会」という造語に「主義」を加えた無教会主義は、内村のキリスト者としての立場を端的に示す言葉として知られている。だが、内村鑑三自身は「無教会主義」という宗教思想を体系的なかたちで語ったわけではなく、むしろそうした体系化を避けたようにもみえる。たとえば、1928年、内村の助手を務めていた塚本虎二が無教会主義を掲げて教会主義を激しく批判すると、内村は塚本の原稿に修正を要求している。内村は、無教会主義は「第二問題」にすぎないと述べて、信仰において教会と無教会が一致しうることを強調するのである。

 本報告では、1901年の最初の用例と、1928年の師弟間の論争における「無教会主義」の語り方に注目することで、提唱者・内村鑑三と継承者・塚本虎二の違いと共通性について考察した。そして、「無教会主義」という言葉が宗教思想運動を形成していく過程を浮かび上がらせるとともに、「あらゆる主義を排斥する無教会主義」という内村の自己矛盾的な思想もまた継承されていることを指摘した。
Ⅱ 実験と言説
     ―綱島梁川からの宗教思想運動―


古荘 匡義(龍谷大学社会学部講師)

 綱島梁川は、「見神の実験」と自称する3 度の宗教体験を得てから、人間がみな「神の子」であることを確信し、この「神子の自覚」が煩悶する人々を救済する真理だと捉えて、この真理を哲学だけでなく、キリスト教や浄土教の言葉で表現していった。そして、この真理を確信させる「見神」体験をキリスト教的な祈りや念仏によってさらに深めつつ、「見神」についての具体的な表現を含む論考を発表し、人々を「見神」へと導き、人々にこの真理を「伝道」しようとした。

 綱島の言説は、一方で当時の知識人層のうちに彼の宗教体験の是非を問う議論を巻き起こしたが、他方で綱島の論考を熱心に受容する読者の中から、綱島と深く交流し、ともに修養せんとする道友たちも生みだした。宗教伝統に囚われない宗教体験と、諸々の宗教伝統に基づく思想や実践の両方を重視する綱島の思想は、西田天香をはじめ、多様な宗教的出自をもつ道友たちの多彩な思想や実践の基盤となった。綱島は道友たちとともに顕著な宗教運動を形成せずに早逝したが、綱島に端を発する、思想や実践の拡散的で多様な展開の全体を、本報告では深澤英隆の言う「宗教思想(運動)」として捉えた。
Ⅲ 「精神主義」運動の波紋
    ―曽我量深を中心に―


名和 達宣(真宗大谷派教学研究所所員)

 「精神主義」運動の研究においては、同時代および後世にいかなる波紋を及ぼしたかを追跡することが重要と考える。それはすなわち「精神主義」を、清沢とその門下による「複/雑」なる思想運動、ひいては自身の足下(現代)にまで至る運動として捉えるということである。

 このたびの研究交流会では、赤江達也『「紙上の教会」と日本近代――無教会キリスト教の歴史社会学』(岩波書店、2013年)における「運動の第二世代」という視点、森岡清美『真宗大谷派の革新運動――白川党・井上豊忠のライフヒストリー』(吉川弘文館、2016年)における(清沢+αを焦点とする)楕円形の「集合ライフヒストリー」として運動を見る視点を参照しつつ、「精神主義」運動の第二世代を代表する曽我量深に焦点を当てて追究を試みた。

 教団史的に見れば、「精神主義」は戦後の「同朋会運動」につながる運動として見るべきである。曽我をはじめとする第二世代以降(他に暁烏敏、訓覇信雄など)が、教団教学の中枢に携わりつつ、清沢を想起して語り直すことがなければ、近代教団史ならびに近代日本思想史の表舞台で清沢が脚光を浴びることはなかっただろう。清沢の名と思想は〝「精神主義」という経験〟の反芻・反復を通して、現代にまで波紋を広げてきたのである。
■ 全体討議

司会 長谷川 琢哉(親鸞仏教センター嘱託研究員)
コメンテーター 鶴岡 賀雄(東京大学名誉教授)

コメント たいへん豊かな内容の提題にさまざまな点で関心をかき立てられたが、内村らが同世代および次世代以降の人々に及ぼした影響の総体を宗教思想「運動」として捉えようとするシンポジウムの趣旨に鑑み、とくに彼らと「弟子」たちとの関係性のかたちに焦点を据えたコメントを試みた。

 内村や清沢は、謦咳に接した塚本虎二や曽我量深といった人々にとっては「先生」、「師」であり、西田天香らにとって綱島は尊敬すべき「道友」ないし「盟友」だった。その関係性は、教祖―信徒という教団モデルでも、学説の主唱者―支持者といったアカデミックモデルでもなく、いささか濃厚な情念性を伴う「師―弟」関係、「先生と私」関係とするのがふさわしいようだ。師=先生を戴く塚本ら言わば第二世代の人々の思想のありようは、第一世代のそれを引き継ぐと任じつつも、「弟子である」ことの自覚から生ずる独特の性格を帯びる。第一世代に直接しない第三世代(以降)の人々の思想は、第二世代ともまた異なるフェイズに立つだろう。一つの「運動」に棹さす人々の思想のあり方を、世代間人間関係という視点を入れて分析することは、それを探る関連資料の豊富さの点からも、大きい可能性があると思われた。
■ 交流会を終えて
 今回の清沢満之研究交流会は、新型コロナウィルス感染拡大のため昨年から延期となっていた企画を、オンラインで開催した。それにより、例年以上に多くの方々からご参加いただけたという利点はあった。しかし、求道会館で交流会を行うことができなかったのはきわめて残念であり、清沢満之研究に関わる人々と顔を合わせて対話ができる日が戻ることを切に願っている。

(親鸞仏教センター嘱託研究員 長谷川 琢哉)

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