親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 清沢満之研究会
研究活動報告
清沢満之研究会
 清沢満之研究会では、前研究員(伊東恵深・現大谷大学非常勤講師)のもと、2007年3月に「他力門哲学骸骨試稿」を読了し、同年5月より新たに「有限無限録」をテキストに、鋭意、清沢満之の思想の現代的意味の解明に取り組んでいる。
 今号では、その一端を紹介し、第1回(通算6回)報告とする(出典は『清沢満之全集』〈岩波書店〉とし、以下、巻数と頁数を記す)。
「有限無限録」を読む

親鸞仏教センター研究員 山本 伸裕
■ 「有限無限録」の位置づけ
 当研究会では、これまで『宗教哲学骸骨』(1892年)、「他力門哲学骸骨試稿」(1895年)と、前期のいわゆる骸骨時代の著作を中心に学んできた。「有限無限録」は、満之晩年の「精神主義」の思想が展開されていく、転換期にあたる時期に著された作品である。
 精神主義ということばの初出は、1901年に発刊された雑誌『精神界』においてであるが、ここにわれわれは、満之の思想がやがて精神主義と呼ばれるものへと結実していく道筋をはっきりと確認することができる。その意味でも、「有限無限録」は清沢満之の生涯の一貫した思想をつかむには格好のテキストであると言えよう。
■執筆の背景
 「有限無限録」は、当時の新法主(門首後継者)・大谷光演師が、首都・東京における道徳の堕落を目の当たりにして慨嘆された気持ちに応答するかたちで、明治32年(1899年)6月より、順次、執筆が開始されたものである。この2ヵ月前に脱稿した「臘扇記(ろうせんき)」が、「自己自身の安心の確立を眼目」としているのに対して、「有限無限録」では「社会道徳の復興に主眼がそそがれている」と、西村見暁氏が指摘しているように(『清澤満之先生』法蔵館)、「有限無限録」には、仏教用語のみならず、当時の日本社会で道徳が語られる際に広く一般に普及していた儒教用語、例えば仁・義・礼・智・信などが、数多く使用されているところにひとつの特色が認められる。仏教(他力門)の信仰に、満之が足場を据えていることは言うまでもない。しかしながら、その視野は決して仏教という宗教思想の範囲だけにとどまるものではなかった。宗教と倫理・道徳とのあるべきあり方が、明治という新しい時代状況のなかで積極的に問い直されていくためにも、仏教思想という枠組みを超えた問いかけを広く行うことの必要性を満之は感じていたものと推察されるのである。
■「公」について考える
 明治24年度の真宗大学寮における宗教哲学の講義のなかで、満之は「有限」と「無限」との関係を、哲学上の最難問であると述べている。この難問こそ、まさしく彼が「宗教」「道徳」の関係として生涯追い続けたテーマでもあったと言える。
 われわれが宗教について深く考えるとき、つねに問題になってくるのが、無限(=絶対存在としての神仏)と有限(=相対存在としての私たち)との関係である。もし宗教の本質的構造が、満之が言うように「有限と無限との調和」に認められるとすれば、有限存在たる人間にとっての宗教的救いを、有限性を消し去って無限との合一が果たされることだとは、そう簡単には言えないはずである。というのも、「無限」とは、「我」と「彼」を含めたすべての有限存在の無数の総体として考えられるものであるのに対し、その「無限」の観念に向き合う「我」も「彼」も、実際、「有限」な存在にほかならないからである。したがって、「有限」な存在でしかないわれわれが、彼我を包む「公」、すなわち「無限」なるものに、一人ひとり向き合って生きていくことが、現実のわれわれにとってはむしろ大事なのであり、そこにこそ「宗教」の実際上の意味と効用が認められるのでなければならないであろう。
 このことは、要するに自己(我)と他者(彼)の関係、ひいては私と彼を包む場(公)としての社会のあり方について考える立場に、われわれがたえず立ち返る必要があるということを意味している。
■宗教的根基の確立
 「有限無限録」(〔四〕忠信孝悌)では、儒教に説かれる〈仁〉〈義〉の概念によって、「有限」「無限」の関係が次のように語られている。
仁ハ対他的ナリ 
義ハ対自的ナリ
仁ノ弊ヤ妄動ニ陥ル之ヲ匡正スルハ義ナリ
義ノ弊ヤ隠退ニ陥ル之ヲ救正スルハ仁ナリ
仁義相助ケテ正鵠ヲ誤ラサラシム (2-104)
 明治32年11月から12月にかけて発表された「宗教と道徳との相関」と題する論文のなかで、満之は、宗教と倫理の関係について「吾人は吾人の存立を完成せんが為には、必ず他人に対して倫理道徳を厳守せざるべからず、他人に対して倫理道徳を厳守せんには、吾人は必ずや宗教的根基に立たざるべからざるに至るなり」(6-233)と述べている。
 このことばからしても、「有限無限録」で言われるところの対他的〈仁〉のもたらすものが、有限界における道徳的視点であるのに対し、〈義〉における対自的視点に見据えられるのは無限なるもので、これが宗教的視点に相当することは明らかであろう。
 道徳を「真正の道徳」たらしめるには、宗教的視点が絶対に欠かせないというのが、満之の基本的見解であった。宗教的視点を獲得するということは、同時に倫理的視点を獲得することでなければならない。どちらか一方だけでは、不十分であり、両方が相あい俟まつことで、はじめて「正鵠ヲ誤ラサラシム」ことが可能になるというのである。ここにわれわれは、当時の道徳のあり方のみならず、宗教のあり方に対してもラディカルな批判を行う満之の姿勢を見てとることができるであろう。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス