親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 清沢満之研究会
研究活動報告
清沢満之研究会
 2009年2月10日、東京文京区の東京ガーデンパレスに東京工芸大学芸術学部教授の加藤智見先生をお招きして、清沢満之研究会を開催した。清沢満之の思想を考えるには、残されたテキストだけからでなく、その背景をなす日本宗教思想史という、より広い文脈・背景から思想を捉えなおしてみる必要があるのではないかという問題意識のもと、加藤先生には「日本宗教思想史における清沢満之の位置」というテーマでお話しいただくことになった。ここにその講義の一部を紹介する。
日本宗教思想史における清沢満之の位置

親鸞仏教センター研究員 山本 伸裕
■ 「往生浄土」の二重性
 親鸞聖人の浄土観には二重性が指摘される。その一つは、きらびやかで視覚的に捉え得る浄土、すなわち「方便化身土」であり、もう一つは視覚的ではなく、今、ここの、煩悩を離れた寂滅の境地としての浄土、すなわち「真仏土」である。こうした親鸞聖人の浄土の二重構造的な捉え方は一見矛盾するようにも思える。しかしながら、そうした発想にこそ親鸞のユニークな浄土観が表れているとも言えよう。このような二重性は、親鸞以前の浄土教にも、またキリスト教やイスラム教の発想にもないものだからである。むしろ、そこには親鸞聖人の、宗教性に高められた論理があると考えられる。
 同様に満之もまた、ビジュアルな浄土観を必ずしも否定しているわけではない。満之は浄土という言葉こそあまり用いないけれども、信仰の二重性と宗教性の気づきという点で、親鸞聖人に通じる浄土観を持っていたと言ってよい。満之は絶筆となった「我信念」で、「来世の幸福については、まだ実験していないからわからない」と述べていたり、『在床懺悔録』で「即得往生」を「信心発得ノ行者ハ其信決定ノ立所ニ浄土ニ往生スベキ大利ヲ得了スル事」と解釈していたりもしている。だが、その少し前に書かれた「親鸞聖人の御誕生会に」では、「我等、生老病死の苦悩に沈むとき、他力の大道は、永劫不変花笑ひ鳥歌う浄楽の一路を示して憂なからしむ」と言われ、また、「骸骨雑記第二」では「ヤガテ娑婆ノ縁ツクレハ目出度安養浄土ノ往生ヲ遂」げるなどとも述べられている。要するに、死後の極楽往生を単純に期待することについては批判しているとしても、親鸞聖人同様、一概に視覚的な浄土観を否定したり拒否したりしているわけではないと考えられるのである。
■ 浄土の気づき
 では、満之にいかにしてそのような浄土観が獲得されていったのか。そして、それをどのように自己の生に活かし、実践していったのか。それは満之の場合、言うまでもなく、人生のさまざまな苦悩を措いて語ることはできない。「明治二十七、八年の養痾(ようあ)に、人生に関する思想を一変し、略ぼ自力の迷情を翻転し得たりと雖いえども」(「当用日記」)と言われているように、結核という不治の病に冒されたことは、満之にとって大きなきっかけであった。しかし満之は、ここで迷情を翻転し得たと言いながら「人事の興廃は、尚ほ心頭を動かして止まず」とも述べている。つまり、そこには自分が浄土に住まわせられているという自覚と同時に、完全には浄土に住み得ない人間なのだという自覚が表明されているものと考えられる。注意したいのは、こうした一見矛盾した気持ちの動き、二つの側面が互いに引き合ったり離れたりするということである。つまり、 宗教性というのはそういう動きのことを意味するのであろう。
 エピクテトスとの出会いも、満之にとって、そうした浄土観を強化し、生きる力を獲得するのに大きな役割を果たしたと考えられる。満之がエピクテトスから学んだのは、「不如意」ということであった。それは、自分には分らないし、自分の力では左右できないということを意味するが、 地獄極楽というのも、 そういった如意を超えたものの一つであったはずである。 満之は、 地獄極楽が存在するかどうかは分らないと言いながら、 分らないままにそうしたものを信じている。そうしたあり方のなかに、私たちは満之の宗教的な誠実さを見いだすべきではないだろうか。
■ 日本宗教思想史における位置づけ
 満之のなかにははっきりとした形ではないものの、浄土観の二重性があらわれているように思われる。そうした浄土観には確かに親鸞聖人に通じるものがあるということはすでに述べたが、それを日本の宗教思想史のなかで捉えなおすとすれば、どんな位置づけが可能であろうか。
 そこでまずは神道的な他界観との比較で考えてみたい。
 周知のように、一口に神道の他界観と言っても、そこにはさまざまな要素が錯綜しているが、たとえば黄よ泉みの国であれば、汚く悲しい他界であると考えられてきた。本居宣長などは、実際、黄泉の国というのは「きたなくあしき所」であり、死ねば必ず行かなくてはならないところであるから「此世に死する程悲しきことは候はぬ也」と書いている。このように、人が死んで黄泉の国に行くことは実に悲しいことで、希望も何もあったものではない。ところが宣長は死ねば霊魂は黄泉の国に行かねばならないとしても、その一部はこの世に留まらせることが可能だとも考えた。そこには、現世中心主義的な日本人の意識が表れているとも言える。そうした意識と満之の捉えた浄土の二重性にはどこか相通じるものがあるのではないか。
 また、同じ仏教でも、たとえば「補ふ陀だ落らく浄土」といった常とこ世よの国の観念と結びついた他界観が存在している。補陀落浄土というのは、南方の海の彼方の空間に存在する楽土と考えられてきた。それは、親鸞聖人や満之が考えた二重性を有する浄土観とは明らかに違うものであると考えられる。このことからしても、常世的浄土観に馴染んできた日本人にとって、親鸞や満之が捉えた浄土観がいかに実感しにくいものであったか、私たちにとってそのことを想像するのは決して難しいことではなかろう。だがそれ故にこそ、こうした浄土観は日本思想史上において画期的なものでもあったとも言えるのではないか。
加藤智見(かとう ちけん) 東京工芸大学芸術学部教授
1943年、愛知県に生まれる。1973年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は、宗教学・仏教学・哲学。
東京工芸大学助教授を経て、教授。同朋大学講師、愛知県一宮市の光専寺住職も務める。
著書に『図説 あらすじで読む親鸞の教え』(青春出版社)、『世界の宗教が面白いほどわかる本』『図解 宗教のことが面白いほどわかる本』(以上、中経出版社)、『図解 世界の三大宗教』(PHP 研究所<監修>)、『見つめ直す日本人の宗教心』(原書房)、『親鸞とルター―信仰の宗教学的考察』(早稲田大学出版部)、『仏像の美と聖なるもの』『浄土三部経のこころ』『蓮如とルター』『いかにして<信>を得るか―内村鑑三と清沢満之』(以上、法蔵館)、『世界の宗教と信仰―八つの型と共存への道』『誰でもわかる浄土三部経』『宗教のススメ―やさしい宗教学入門』『蓮如入門』(以上、大宝輪閣)、『他力信仰の本質―親鸞・蓮如・満之』(国書刊行会)、『シレジウス瞑想詩集』(共訳、岩波文庫)など多数。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス