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研究活動報告
清沢満之研究会
  清沢満之研究会では、山本伸裕前研究員(現・嘱託研究員)のもと2010年3月に「有限無限録」を読了し、同年6月より新たに『精神界』所収論文の講読を開始した。ここでは、清沢満之の思想の現代的意味を解明していくにあたって、『精神界』のもつ意味について報告する。
『精神界』を読む

親鸞仏教センター研究員 春近 敬
■ 雑誌『精神界』と清沢
 当研究会では、これまで『宗教哲学骸骨』(1892年)「他力門哲学骸骨試稿」(1895年)「有限無限録」(1899年)をテクストとして講究に取り組んできた。今回は、雑誌『精神界』に収載された清沢の論文を講読している。一冊にまとまった形の著作を読むのではなく、雑誌所収の原稿を掲載年代順に読み進めていく方式は、当研究会においては初の試みである。
 『精神界』は、1901(明治34)年1月から1919(大正8)年3月まで発行された月刊誌である。清沢満之を後見人とし、暁烏敏(庶務及び署名人)、多田鼎(編集)、佐々木月樵(会計)らによって創刊された。清沢のもとで「浩々洞」と呼ばれる共同生活を始めた暁烏たちが抱いていた、東京において「(清沢)先生を中心としてあまり述語を用いないで一般人に仏教の真意を伝えるような雑誌」(暁烏敏「浩々洞時代の清澤先生」『清沢満之』観照社、1928)を作りたいとの願いに、清沢が応えるかたちで生まれた雑誌である。『精神界』という誌名は佐々木の案である。体裁は三宅雪嶺らによる政教社の雑誌『日本人』にならい、印刷は高浜虚子に相談し、中村不折が表紙絵を描いた。初号は一千部、その後は三千部ほど印刷された。清沢の文章は、第1巻第1号(1901年1月15日発行)所収の「精神主義」から、絶筆となった第3巻第6号(1903年6月15日発行)所収「我信念」までに42本存在し、多くは「講話」欄と、無記名の社説である「精神界」欄に掲載された。研究会では、原則として復刻版『精神界』(法藏館)を底本とするが、一連の論文は『清沢満之全集 第六巻 精神主義』(岩波書店、2003)に収録されている。
 『精神界』所収論文の特徴は、読み手が仏教者であることを必ずしも前提としなかったことにある。上述の暁烏の言葉にあるように、『精神界』は仏教の専門用語を極力用いずに仏教を語ることを方針とした。清沢は、『精神界』創刊以前にも『無尽灯』などの雑誌に論文を寄稿したことはあった。しかし、清沢自身が主体的な立場にあって、一般の読者に対して広く自らの思想を伝えようとした試みは、『精神界』独自のものであると言える。したがって、『宗教哲学骸骨』などのような、学生やある程度の専門的知識を有する読者を想定したそれまでの著作とは位置づけを異にする。
 『精神界』によって、清沢の思想信念は〈精神主義〉の名の下に世に喧伝された。当時の社会で、真宗門徒でもなければ仏教や哲学の学徒でもない、必ずしも共通の理解を有しない人々に対して、専門用語を用いず平易な言葉で語ることを目指した『精神界』は、現代社会において仏教の言葉が如何に届きうるかという喫緊の課題に、大きな示唆を与えうるものであろう。また、明治後期は、真宗に限らず至る所で仏教の新たなる運動が胎動していた時代であり、その中で〈精神主義〉は多くの支持と反論を喚起し、当時の日本の宗教思潮に大きな議論を巻き起こした。その意味で、『精神界』の講究とは真宗大谷派の教学史の範疇にとどまるものではなく、近代日本の宗教運動全体に関わる研究である。そして、当時の思想を担った知識人たちの多くが宗教宗派を問わず宗教者であった事実を鑑みれば、日本近代思想の解明の一翼を担う営みでもあると言えるのである。
■ 清沢と〈精神主義〉
 ところで、『精神界』所収論文には一つの問題がある。それは、署名の有無にかかわらず、現在清沢の執筆と見なされている論文には、編集の過程で暁烏や多田ら門弟によって文章に改変が加えられているものが存在するということである。また、清沢が講話で話した内容を門弟が「成文」して成立した論文もあり、このとき、成文を行った門弟の独自の理解が入った可能性も否定できない。例えば、暁烏の述懐によれば、第一巻第一号所収の「信するは力なり」は清沢の記名入りの記事ではあるが、多田が清沢の講話を元に執筆した文章である。同記事では小説『小公子』の主人公フォントルロイの話が提示されているが、実際には清沢はこの時点で『小公子』を読んでおらず、多田が独自に逸話を挿入していたのである。清沢は『精神界』の編集は門弟たちにほぼ一任しており、このような可能性が疑われる事例は『精神界』の随所に見られる。この問題については、山本前研究員によって精力的に研究が進められている(山本伸裕「「精神主義」とは如何なる思想なのか?−雑誌『精神界』掲載「我信念」をめぐる一考察−」『現代と親鸞』第20号、2010)。
 この問題は、現代において〈精神主義〉の理解にある種の混乱を来している一因ともなっている。現在、〈精神主義〉として議論の対象となっている思想が、必ずしも清沢本人の晩年の思想であるとは限らないのである。「誰が書いたか」という文献研究上の基本的な整理すら、実は完了していないというのが、清沢研究をめぐる偽らざる現状なのである。
 本研究会では、この問題に関して十分に注意を払いながら読み進めていく。清沢の思想と暁烏の思想、多田の思想はこの当時においても既にそれぞれ異なる。研究成果を踏まえつつ、仮に清沢の執筆ではない可能性が疑われるのであるならば、そこにどのような思想の違いが生じているのかを明らかにしていきたい。
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