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研究活動報告
清沢満之研究会
 親鸞仏教センターでは、清沢満之の思想の現代的意味を究明することを目的に、設立当初より継続して「清沢満之研究会」を開催している。2013年8月からは『臘扇記』を新たなテキストとして月に一回のペースで考究を進めている。今号では、初回に確認された全体の視座と、2013年11月13日に京都大学名誉教授・大谷大学元教授の長谷正當氏を迎えて開催した研究会の報告を行う。
清沢満之を「一貫する」思想
  ─『臘扇記』を読む Vol. 1 ─


親鸞仏教センター研究員 名和 達宣
■ 『臘扇記』とはいかなる書物か
 清沢満之の『臘扇記』は、第一号と第二号とから成る。第一号は1898(明治31)年8月15日〜11月18日の記録であり、第二号は11月19日〜1899(明治32)年1月25日の記録と、その後に続けて「偶坐案定」(2月25日付)、「四月五日記」という二つの随想が置かれたものである。「日記」として分類される書物であるが、単なる日常の記録にはとどまらない。宗門改革運動に挫折した清沢が、病の身を抱えて自坊の大浜西方寺へ帰り、その保養中に内観省察した自己の姿をそのまま刻み込んだ「実験」の書でもある。
 清沢は、帰省前に「これからは一切改革のことを放棄して、信念の確立に尽力しようと思う」(河野法雲の追憶)と語ったという。それゆえ、「信念の確立」が当面の課題であったと考えられるが、帰省直後に書かれていた日記の名は『徒然雑誌』であった。ところが、約三ヵ月の期間を経て、突然、『徒然雑誌 第一号』を終了させ、新たな名のもとに日記を書き始める。それが『臘扇記 第一号』である。
 清沢が「第一号」と題して始めた日記を途中で終えるのは他に例を見ない。また、日記に限らず『宗教哲学骸骨』、『他力門哲学骸骨試稿』といった哲学論稿、あるいは『在床懺悔録』、『有限無限録』などの思索ノートに至るまで、書物の名には、その当時の直接的(実存的)な課題が表現されていると見受けられる。したがって、「徒然(手持ち無沙汰、退屈なこと)」ではなく「臘扇」と名づけなければならない逼迫した問題があったということであろう。
 「臘扇」とは「十二月(冬)の扇」という意味で、つまるところ「無用者・役立たず」を表す。大浜に帰ってからの清沢は「さしあたり、寺の役に立つことは何もない」(西村見暁『清澤満之先生』〔法蔵館〕213頁)という有様だったようで、自らも後に「真実の厄介者」と述懐している。また、注目すべきは、第一号の表紙の題号に添えられた「黙忍堂」という語である(写真参照)。「黙忍」とは、第一号の裏表紙に記された「百戦百勝不如一忍 万言万当不如一黙」という言葉(貝原益軒『続和漢名数大全』からの引用)に基づく名のりであると考えられる。そして、「堂」とは建物のことで、ひいては「生きる場所」を表す。「真実の厄介者」を自覚し、居場所のない生活において、「黙忍を生きる場所とする」という静かなる意志が表されていると読みとれる。それゆえ、『臘扇記』とは、「徒然」なる自己が顧みられたところから、「黙忍堂臘扇」という名のりのもと、その自覚内容がそのまま「記」された書であり、まさに清沢における「悪戦苦闘のドキュメント」であった。
なお、『徒然雑誌』の最後は「如来トハ何物何在ナルヤ」という問いで締められている。その問いが、自己省察の深化とエピクテタスとの値遇を通して、『臘扇記』では「自己トハ何ゾヤ」へと転回されるに至る。当研究会では、言葉の解釈よりも「なぜその言葉が記されたのか」という必然性を重視する。それゆえ、清沢の肉筆(影印本)にも触れながら日々の記述を読解していくが、それだけに留まらず、その深奥にある課題をも掘り起こすことを目指す。その探求を通して、清沢から「自己トハ何ゾヤ」という問いが発起する瞬間を目の当たりにすることができるであろう。
■ 「一貫する」思想 ─ 歴史的邂逅 ─
 従来の多くの研究では、晩年に清沢が回想する「エピクテタス氏教訓書を披展するに及びて、頗る得る所あるを覚え」(明治35年「当用日記抄」)という言葉に注目するがあまり、『臘扇記』を通して思想の「転換点」を確かめることに終始された。しかし、当研究会はむしろ、清沢を「一貫する」思想の探求を中心課題とする。そして、ここに二つの意味を込めている。
 一つ目は、清沢個人の生涯を「一貫する」思想という意味である。近年の清沢研究の主流は、晩年に携わった「精神主義」運動に着目したもの(山本伸裕『「精神主義」は誰の思想か』2011年、近藤俊太郎『天皇制国家と「精神主義」─清沢満之とその門下』2013年〔共に法蔵館〕など)と、思想の基軸を初期の「宗教哲学」で構築された理論に見いだそうとするもの(今村仁司『清沢満之と哲学』2004年〔岩波書店〕など)とに大きく二分される。当研究会では、その二つの流れに目を向けつつも、初期から最晩年にまで「一貫する」ものを、『臘扇記』期間中の思索、特にエピクテタスとの邂逅を通して得たものを確かめながら掘り起こしていく。
 二つ目は、清沢という人間を貫き、現代を生きる「この私」にまで至り届いた思想という意味である。特に、その思想形成期に清沢の宗教哲学の影響を多大に受けたと考えられる西田幾多郎(1870〜1945)と、真宗教学の伝統において清沢の有限無限論を「法蔵菩薩と自己との関係」において探求した曽我量深(1875〜1971)の思索に注目することで、その「一貫する」ものを尋ね当てていく。
 長谷正當氏を招聘して開催した研究会では、二つ目の視座に基づき「自己を“証しする(attester)もの”としての弥陀の本願─本願はどこにおいて働くのか─」というテーマで講義をいただいた。そこでは、本願の思想が宗派を超えて広く「人間において」展開されるべく、まず清沢の思索に依りながら、「自己を証しする」という問題とのかかわりから確かめられ、次いで、西田幾多郎が晩年に論じた「場所論的把握」、特に「逆対応」という概念に依りながら、その現代的意義と可能性が解き明かされた。
 「日記」とは本来、他の読者を前提としない書物であり、どこまでも自己が自己と向き合う姿が投影された個人的な記録である。その個人性が破られ、現代にまで届けられた『臘扇記』を読み解くことで、私たち一人ひとりにおいて、この「一貫する」ものとの歴史的邂逅が起こり得ると考える。

※ 本報告の詳細(論文)と長谷正當氏の講義は『現代と親鸞』第28号(2014年6月1日号)に掲載しています。

長谷 正當(はせ しょうとう)京都大学名誉教授
1937年富山県生まれ。1999年京都大学教授を定年退官後、大谷大学教授、客員教授を経て京都大学名誉教授。
著書に『象徴と想像力』(創文社)、『欲望の哲学─浄土教世界の思索』、『心に映る無限─空のイマージュ化』、『浄土とは何か─親鸞の思索と土における超越』(以上、法蔵館)など多数。
また、『現代と親鸞』第17号に「『自己と何ぞや』という問いをめぐって─清沢満之の『無限の因果』から見た二種回向の理解─」が掲載されている。
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