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研究活動報告
清沢満之研究会
 親鸞仏教センターでは、清沢満之の思想の現代的意味を究明することを目的に、設立当初より継続して「清沢満之研究会」を開催している。現在は「清沢満之を一貫する思想」という課題のもと、1898(明治31)年から翌年にかけて書かれた『臘扇記』をテキストとして、月に一回のペースで考究を進めている。今回は前回に引き続き、清沢の思想に大きな転換をもたらしたエピクテタスの言葉との邂逅(かいこう)について報告する。
エピクテタスの言葉との邂逅②

 親鸞仏教センター研究員 名和 達宣
■ 死の恐怖(fear of death)と平安(calm and serenity)
 清沢は後年、自らとエピクテタスの言葉との邂逅について「エピクテタス氏教訓書を披展するに及びて、頗(すこぶ)る得る所あるを覚え」(1902年5月末「当用日記」)と回想する。1898年の秋(9月27日)、清沢がエピクテタスの語録を手にとって最初に着目したのは、かねてよりその思想において「甚だ大切なり」ととらえていたwill〔意志〕瓩箸いΩ譴任△辰拭そこに死の恐怖(fear of death)からの脱却を期し、読書と思索を繰り返す生活を通じて「絶対無限の妙用」を見いだし、そして「不自在なる境遇」のなかで「自在の風光」を呼吸したのである。
 ところで、どうやら清沢は読書と思索を始めてすぐの【10月6日】にはすでに「頗る得る所」を覚えたのか、その翌日(10月7日)、親友の月見覚了・清川円誠の二人へ所感を書き送っている。

 今回沢氏方より借来り候Epictetusは中々面白く、爾来毎日纔読致居候。
 Take away the fear of death, and suppose as many thunders and lightenings as you please, you will know what calm and serenity there is in the ruling faculty.
 書中の大要は、死生命あり富貴天にありの句を八方より観想思索して、 Constancy and Tranquility of mind を得るの道を教うるに過ぎず候。  (月見覚了宛書簡、岩波『清沢満之全集』第9巻 172頁)

 Epictetus 談にても致し候はば、随分愉快ならんと存候。E氏の決着は、
 Take away the fear of death, and suppose as many thunders and lightenings as you please, you will know how what calm and serenity there is in the ruling faculty.
 と云うに有之、所謂死生命あり富貴天にあり、(此は、何書那辺にありしか、御序に御教示願上候)と云う句を、四方八面より思索観想して、澄心練心の工夫を為すものと存候。
(清川円誠宛書簡、岩波『清沢満之全集』第9巻 173頁)
 二人の友人宛の手紙に共通して引用されたのは、【10月3日】の最後に書き写されたエピクテタスの言葉である(10月10日の草間仁応宛、10月12日の稲葉昌丸宛の手紙でも引用)。清沢はこの英文の「大要」について、「死生命あり富貴天にあり」という『論語』(顔淵第十二)の句を「四方八方より観想思索して、Constancy and Tranquility of mindを得るの道を教うるに過ぎず候」と述べる。心に安定(Constancy)と平穏(Tranquility)を獲得するのではなくして、その安定と平穏の心を獲得するための「道」を教えるものと受けとめている点には注意を払わなければならないだろう。
 清沢がエピクテタスの思想に沈潜することをとおして見いだしたものは、死の恐怖(fear of death)をはじめ、さまざまな苦痛や欲望などの心像を取り除くためには、「絶対無限〔他力〕」に信順するよりほかはないという道であった。それゆえ、このエピクテタスの「決着」とまで言い表す英文から、どれほど死の恐怖という雷電(thunder and lightening)に襲われようとも、そのただなかで、「絶対無限(他力)ノ所為」によって平安(calm and serenity)を獲得できると読み取ったのだろう。雷電という心像を生み出すのは、ほかならぬ自己自身なのである。
 ここで清沢が感得した境涯は、親鸞が「正信念仏偈」のなかで「譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇(たとえば、日光の雲霧に覆わるれども、雲霧の下、明らかにして闇<くら>きことなきがごとし)」とうたった光景を彷彿(ほうふつ)とさせる。たとえ日光が雲霧に覆われようとも、その下は明らかにして闇はない。むしろ雲霧なる自己をありありと照らし出すものこそが「絶対無限の妙用」ではないか。
■ 思想の血肉化
 『臘扇記』の期間中、【10月12日】には、エピクテタスの言葉が初めて日本語で表現される。言うなれば、思想の血肉化であるが、その日の日誌は次の一文より始まる。

○如意ナルモノト不如意ナルモノアリ。如意ナルモノハ、意見動作及欣厭ナリ。不如意ナルモノハ、身体財産名誉及官爵ナリ。己ノ所作ニ属スルモノト否ラザルモノトナリ。如意ナルモノニ対シテハ、吾人ハ自由ナリ、制限及妨害ヲ受クルコトナキナリ。不如意ナルモノニ対シテハ、吾人ハ微弱ナリ、奴隷ナリ、他ノ掌中ニアルナリ。此ノ区分ヲ誤想スルトキハ、吾人ハ妨害ニ遭ヒ、悲歎号泣ニ陥リ、神人ヲ怨謗スルニ至ルナリ。如意ノ区分ヲ守ルモノハ、抑圧セラルルコトナク、妨害ヲ受クルコトナク、人ヲ謗ラズ、天ヲ怨ミズ、人ニ傷ケラレズ、人ヲ傷ケズ、天下ニ怨敵ナキナリ。
(岩波『清沢満之全集』第8巻 356頁、句読点等は適宜筆者が補足)
 この文は、同じ日に送られた稲葉昌丸宛の手紙にも引用されるほか、それ以降も繰り返し書き留められ、内容が吟味される重要な一文である。ここで確かめられた「如意/不如意」の別がその後、さらに精錬されていき、やがては「我等の大迷は如来を知らざるにあり。如来を知れば始めて我等の分限あることを知る。乃ち我等の如意なるものと、如意ならざるものとあるはこの分限内のものと、分限外のものとあるが為也」(1903年『当用日記』)と表現されることになる。
 また、このときに書き記された和文のなかには「修養」という語もあった。当時の時代状況としても、明治前半期を支えた「立身出世主義」に陰りが見え始め、「修養主義」と呼ばれる風潮が社会に浸透しつつあった。それゆえ、時代の表現と言うべきものであるかもしれないが、清沢はここを起点として、有限なる自己が無限へ向かう求道の歩みを「修養」と表現し始める。さらに、注目すべきは、きわめて創造的な英文の読み方である。例えば「如意ナルモノ」と解釈される箇所は、もとの英文ではin our power瓩任△蝓一般には「権内」(岩波文庫『人生談義』参照)と訳される。そして、この時に記された十文中に「修養」という語は三つ登場するが、前の二つはimprove〔進歩・改善〕瓩量であるのに対して、最後の一つはpurpose in life瓠宗修垢覆錣繊嵜誉い量榲」が「修養の精神」と言い表されている。
 同じ日、清沢はエピクテタスの言葉を母語で書き留めた後、「已下私想」と示して独自の有限無限論を展開させていく。そして、その思索のなかで「人世ノ目的ハ何物ナリヤ」という問いが、清沢のなかから突如として発起する。直前の日記、『徒然雑誌』の最後に記されたのは「如来トハ何物何在ナルヤ」という問いであった。その問いが、今ここで「人世ノ目的」を問うかたちで現れ、やがては「自己トハ何ゾヤ」という問いへと転回されるに至るのである。
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