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研究活動報告
清沢満之研究会
清沢満之における「儒家的なもの」
  ―『臘扇記』を読む Vol. 3―


親鸞仏教センター研究員 名和 達宣
 親鸞仏教センターでは、現在、1898(明治31)年8月から翌年4月にかけて書かれた清沢満之の日記であり、同時に重厚な思索ノートでもある『臘扇(ろうせん)記』をテキストに考究を進めている。
 『臘扇記』のなかで展開された思索をめぐっては、従来、「他力信念の確立」という一語をもって押さえられることが大勢であった。ところが、この書を読み進めるほどに、「天与」「天道」「天命」といった、いわゆる儒家的言語が頻繁に用いられていることに気づかされる。例えば、かの有名な「自己とは他なし。絶対無限の妙用(みょうゆう)に乗托(じょうたく)して、任運に法爾(ほうに)に、此境遇に落在せるもの、即ち是なり」(1898年10月24日)という断想の六日前には、「絶対無限」について「而(しか)も彼の自在と此の不自在と、共に皆絶対無限(他力)の所為なり。共に是れ天与なり」という確認がなされている。このような思索は、翌年に東京の地で執筆された『有限無限録』では、より具体的な道徳の問題に即して展開され、他力信仰の視座より儒家的「公」が確かめられるに至る。
 そこで、これまで看過される傾向の強かった儒家的言語の意義を探究すべく、2015年10月30日に思想史家の子安宣邦氏(大阪大学名誉教授)を招聘(へい)し、“清沢満之における「儒家的なもの」”というテーマのもと問題提起をしていただいた。以下、当日の発題の要点を紹介する。
■ 清沢の儒家的思惟と言語
 清沢の最後の信仰告白とも遺書とも言われる「我信念」末尾の言葉は、「私は私の死生の大事を此如来に寄托して、少しも不安や不平を感ずることがない、『死生命あり、富貴天にあり』と云うことがある、私の信ずる如来は、此天と命との根本本体である」である。なぜ清沢は、如来への信を「天命」と共に言うのだろうか。清沢の「信」が儒家的言語をもって表出されることを私は知っていたわけではない。
 今村仁司の清沢論(『清沢満之と哲学』岩波書店、2004年)との関わりから清沢を読むようになった私は、『宗教哲学骸骨』『他力門哲学骸骨試稿』などを読むことから清沢を考え始めた。だがそれらは清沢の「信」にいたる手掛かりを私に与えることはなかった。「精神主義」の諸章を読み、『臘扇記』の文章から『有限無限録』『転迷開悟録』へと読み進めることを通じて、彼の言葉による「信」の開示を、私は驚きをもって見ることになった。驚きとは、その主要な文章が儒家的概念と言語とをもってつづられていることに対してである。ことに『有限無限録』の「仁義礼智信」の節を見て、なぜ明治32(1899)年の他力信仰の言説が「仁義礼智信」を言うのか、驚きと疑いとをもって考え込まざるをえなかった。だがこの清沢の儒家的思惟によった他力信仰的言説を読むうちに、これは仮借的修辞といったかりそめのものではない、必然性をもった内面的思惟の表出だと理解するようになった。
■ 儒家的教養/士道的エートスと自立的人格の形成
 ところで、清沢のテキストにおける「儒家的なもの」について、清沢の解説者たちはそれを積極的に読むことをほとんどしておらず、それらは清沢の他力信仰的思惟とその言語的表出にともなわれる前時代の残留物か仮借的修辞とみなされている。しかし、儒家的教養や士道的エートスが、明治転換期に、その足跡を刻んでいった人々の人格形成のうえにもった意味を無視することはできない。幕末から明治初年の時期までに生まれた人々、ことに士族出身者が身に着けている儒家的教養と士道的エートスとは、明治近代における彼らの自立的な人格的存立を底深く規定し、支えているのである。それは、前近代の残留物や仮借的修辞などではなく、むしろ明治における自立的人格の形成をもたらした大事な要因である。清沢は終生『論語』や佐藤一斎の『言志録』を手放すことはなかった。そのことを明治人の遺習として笑うよりは、なぜ清沢がそれらを手放すことなく絶対他力宗の信仰者になり、教育者になったのかを考えてみるべきであろう。
■ 儒家的「公」概念の戦略的使用
 儒家的概念は、清沢の他力信仰の究極相を言葉にするうえで不可欠なものであるようだ。すなわち清沢という絶対他力的信仰者は、真宗的言語とは異質な言語で他力信仰の思想的本質を解いてきたのである。これが、清沢を単なる教派的講説家以上のものにしている理由である。彼は生来の思想的言語と言うべき儒家的言語を意図的に使っているのだ。『有限無限録』が見せる異様さは、二十世紀を迎えようとする当時の日本において、清沢が儒家的言語をあえて使用したところにある。私はそれを“儒家的言語の戦略的使用”と言うのである。
 そして、清沢における儒家的言語の使用の意味がもっとも問われるのは、儒家的「公」概念の使用にある。『有限無限録』には「無限的行為は善なり(公の為にする行為なり)」、「公の天なり。公に尽すの心は仁なり、道心なり。公は彼を摂し我を摂し一切を摂す。故に公は大慈悲者なり。公の為にするものは大慈悲心を分享するものなり」といった文章が多く見られる。そこで用いられているのは、中国の儒家思想で展開されてきた「公」概念である。
 だが問題は、明治32年の清沢が、この儒家的「公」概念による言説をなぜ展開したのか、あるいはこのような清沢の言説展開の意味をどのように考えるかである。この点は、すでに『歎異抄の近代』(白澤社、2014年)第3章「清沢はなぜ儒家的〈公〉をいうのか」のなかで私なりの解答を出している。それは、『教育勅語』という欽定の儒家的言語による国家・国民的な義務としての「公」、すなわち奉公的「公」の形成を見ることで、明治32年の清沢が「無限」「公」「天」という超越的、普遍的概念を前提にして道徳論的テーゼを導いたことの例外的な意味を理解しようとする道である。これこそが、晩年の清沢が苦闘した「俗諦」論の中心にある問題であった。

※  清沢の言葉は『清沢満之全集』(岩波書店、2002〜2003年)から引用し、原文で片仮名・旧仮名遣いのものは、適宜送り仮名・句読点等を補いつつ、平仮名・現代通例の表記に改めた。なお、子安氏の講義は『現代と親鸞』第34号(2016年12月1日号)に掲載している。

子安 宣邦(こやす のぶくに)氏
思想史家・大阪大学名誉教授
 1933年生まれ。日本思想史家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程(倫理学専攻)修了。横浜国立大学助教授、大阪大学教授、筑波女子大教授等を歴任。日本思想史学会元会長。大阪大学名誉教授。
 著書に、『歎異抄の近代』(白澤社・2014年)、『日本ナショナリズムの会読』(白澤社・2007年)、 『本居宣長』(岩波書店・1992年)、『思想史家が読む論語』(岩波書店・2010年)、『伊藤仁斎の世界』(ぺりかん社・2004年)、 『平田篤胤の世界』(ぺりかん社・2009年)、『「アジア」はどう語られてきたか―近代日本のオリエンタリズム』(藤原書店・2003年)、 『国家と祭祀―国家神道の現在』(青土社・2004年)、『「近代の超克」とは何か』(青土社・2008年)、
『和辻倫理学を読む もう一つの「近代の超克」』(青土社・2010年)など多数。
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