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研究活動報告
清沢満之研究会
第2回「清沢満之研究交流会」報告

清沢満之から問われるもの
  ―異領域間の「対話」は可能か?―
 清沢満之研究は、没後百周年(2003年)を機に大きく進展し、これまでに増して種々の立場から画期的な研究成果が発表されるとともに、新たな入射角からの問題提起がなされるに至った。しかし、それゆえに異領域間での「すれ違い」や「もつれ」が生じていることも、まぎれのない事実であろう。
 そこで、それぞれの立場において、清沢の研究に取り組むことを自明の事柄とはせずに、あらためて「なぜ、清沢なのか?」を問い返し、そこにおいて逆に清沢から問われるもの、あるいは自らの立場や研究領域に開示される可能性について議論を重ねることを目指して、2016年3月17日「浩々洞発祥の地」として知られる求道会館(文京区本郷)を会場に、第2回「清沢満之研究交流会」を開催した。
 当日は約60名が集い、研究領域や立場を越えての白熱した議論が繰り広げられた。以下、思想史学(繁田氏)・真宗教学(名畑氏)・宗教哲学(杉本氏)という三つの研究領域からの発表要旨と、全体討議におけるコメント(岩田氏)の一端を報告する。
■ 研究発表
機(法としての〈清沢満之〉の可能性
  ―「悪」と近代への問い―


繁田 真爾(明星学園教諭〔早稲田大学〕) 
 近年、「清沢そのもの」の研究は精緻(せいち)化する一方で、「なぜ清沢か?」という問いは、脇に置かれがちである。その結果、一部の人々には自明の清沢研究も、他の人々には問いを共有することすら難しい、そんな研究の自己目的化が進んでいる。しかし清沢は、「近代」を問うための最も可能性ある思想家の一人だというのが、私の確信である。重要なのは、清沢思想の核心である「有限者の哲学」、「否定の方法」、「悪人の宗教」の歴史的意義を理解し、そこからどのように「近代」を逆照射することができるか、ということであろう。清沢研究の強みを最大限に活かすためには、逆説的だが、ある程度「清沢そのもの」から離れ、その「部分否定」や「悪」の思想などを手がかりに、「清沢からみた近代」を問い直す大きな視座に再び立つことが、重要ではないだろうか。
供)之再誕 ――その歴史的意味――

名畑 直日児(真宗大谷派教学研究所研究員) 
 『宗教哲学骸骨』執筆の初期から、晩年にいたるまで、満之の中で貫かれていた課題は「宗教心」(安心立命)であることを、満之のテキストを元に確認したい。  真理に目覚めるところに宗教心が成り立つのだが、そこにはどこまでも目覚めることができないという根本問題(無明)が横たわっている。このことの論理化につとめた満之は、その根本問題の克服(「人生に関する思想の一変」)につとめた。
 そのなかで、エピクテタスの不如意から、真理を知ろうとする我々の自我分別(「思想」、無明)を翻(ひるがえ)す意味を聞き取ったのである。その翻りはまた、他者・社会との関係を開く内容をもっていることを確認したい。「精神主義」は、学説ではなく実行であるとされるが、分別ではなく翻り(目覚め)をモットーとする満之の生き方、姿勢は現代の我々へのメッセージではないだろうか。
掘〆B漆了覆寮饗満之論と「宗教哲学」の課題

杉本 耕一(愛媛大学准教授) 
 今村仁司の清沢満之論は、清沢研究に大きなインパクトを与えた業績であるにもかかわらず、「没後百周年」以降の清沢研究の展開のなかでも正面から取り上げられることが少なかった。
 そこで本発表では、「宗教」の事柄をどのように語るか、という問題に論点を集中させて今村の清沢論を再検討したい。特に注目したいのは、直接には述べられていないことまでも概念の論理的な展開によって論じ進めようとする「哲学」的な読解の方法、そして、「哲学」によって概念的に語ることができないものを語るために「比喩」的な語りを用いる「仏陀学」の立場についてである。
 今村に導かれつつ清沢の言葉の性格について考察し、その「宗教哲学」としての課題を明らかにすることで、異領域からの清沢研究の間の対話の可能性を準備することを目指す。
■ 全体討議
異領域間の「対話」は可能か?

コメンテーター 岩田 文昭(大阪教育大学教授) 
 清沢満之研究の核になるものは、その「信心」であると思う。このことは、思想史・真宗教学・宗教哲学という異なる研究領域の対話の可能性を問題にする場合、議論が拡散しないために、押さえておく必要がある。
 三人の発表者は、それぞれの手法で「信心」を問うていた。ただし、杉本氏は「信心」の内容ではなく、その語り方を主題にし、宗教哲学における方法論を論じているため、それ以外の学問との間に壁を作る印象を受ける。杉本氏の力量からすれば、たとえば武内義範先生がされたように「回心」について宗教哲学の立場から論じることができるのではないだろうか。名畑氏の発表は、手堅いものであったが、やや抑制が効きすぎている感がある。今後は、より積極的に「信心」讃嘆の学を現代社会に展開していただければありがたい。繁田氏の発表は、その立場も「悪」を人間の現実態とする清沢理解も明晰で首肯できた。ただ、真宗学や宗教哲学の研究を参照されていないのはなぜだろうか。
 清沢の思想は重要だが、彼の生き方はさらに重要だと思う。真宗の信心を近代的に語った清沢だが、その人生は神話化・物語化されている。今後、思想と物語としての人生をあわせて研究する必要があるのではないだろうか。
■ 開催を終えて
 企画・進行 名和 達宣(親鸞仏教センター研究員)
 本交流会は、昨年、「現代との対話」に主眼をおく当センターの新たな試みとして立ち上がった(第1回のテーマは「清沢満之研究の〈可能性〉――没後百周年から見えたもの」)。今年度の第2回では、一足飛びに目新しいトピックへと移るのではなく、あえて“異領域間の「対話」は可能か?”という根本的な問いに立ち返り、これまでの研究の軌跡をたずねつつ、これからの方向性を模索した。
 はたして、その「対話」の場所を、清沢研究という領域に――あるいは清沢研究をとおして――見いだすことはできるであろうか。そして、われわれが「異」と見なしているものの実態は何か。
本交流会が、今後も“敬意ある批判”をぶつけ合えるような場として継続していくことを期す。

※研究発表・全体討議の詳細は、『現代と親鸞』第35号(2017年6月1日号)に掲載しています。

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