親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 聖典の試訳:『唯信鈔文意』研究会
研究活動報告
聖典の試訳:『唯信鈔文意』研究会
 「一切の功徳善根(ぜんごん)が与えられる」とは魅力的な言葉だ。私たちはその功徳・善根の先に何を期待するだろうか。この世を生きている限り、我われの関心事は専ら“経済”“健康”にあるといっても過言ではない。それ故、宗教的なるものは世俗的救いとしての現世利益を説くのだろう。現実生活ということを離れれば、人間の興味は一気に失われてしまうからだ。
 何のための功徳善根かと言えば、それは本来、成仏のためである。しかし、そもそも成仏のための功徳善根など、世俗的関心から抜け出せない我われ人間の側から求めることなどあり得ないのではないか。もしそれを人間の側から求めようとすれば、どれも欲望の範疇(はんちゅう)を出ないものとなってしまう。それ故、世俗的関心を破って人間を成就するはたらきが功徳善根として与えられるのである。ここに宗教用語がもつ二重性がある。
 人間の関心を惹(ひ)く意味も包みつつ、真実なるものと対向させてゆく。それは、どこまでも凡夫を生きる我われに呼びかける言葉である。(嘱託研究員 法隆誠幸)
『唯信鈔文意』試訳 5 >> PDF版はこちら
原文
 「自来迎(じらいこう)」というは、「自」は、みずからというなり。
現代語訳
 「自来迎」というのは、「自」は、みずからということである。
 弥陀(みだ)無数(むしゅ)の化仏(けぶつ)、無数(むしゅ)の化観音(けかんのん)、化大勢至(けだいせいし)等(とう)の、無量無数(むしゅ)の聖衆(しょうじゅ)、みずからつねに、ときをきらわず、ところをへだてず、真実信心をえたるひとにそいたまいて、まもりたまうゆえに、みずからともうすなり。
 阿弥陀の現れである無数の仏、無数の観音、大勢至など、数限りない仏・菩薩が、みずから常に、時をきらったり、 処をへだてることなく、真実の信心を得た人につき添って、護ってくださるから、「みずから」というのである。
 また「自」は、おのずからという。
 また「自」は、「おのずから」という。
 おのずからというは、自然(じねん)という。
 「おのずから」というのは、「自然」ということである。
 自然(じねん)というは、しからしむという。
 「自然」というのは、「(弥陀のはたらきが)そのようにあらしめる」ということである。
 しからしむというは、行者(ぎょうじゃ)の、はじめて、ともかくもはからわざるに、過去・今生(こんじょう)・未来の一切のつみを転ず。
 「そのようにあらしめる」というのは、念仏の行者が、ことさらにあれこれとはからうことがなくとも、過去・現在・未来の一切の罪が転じられるということである。
 転ずというは、善とかえなすをいうなり。
 「転じる」というのは、善にかえてしまうことをいうのである。
 もとめざるに、一切の功徳善根(ぜんごん)を、仏のちかいを信ずる人にえしむるがゆえに、しからしむという。
 とくに、自分から求めていなくとも、阿弥陀仏はその誓いを信ずる人にすべての功徳・善根を得させるから、「そのようにあらしめる」というのである。
 はじめて、はからわざれば、「自然(じねん)」というなり。
 ことさらにはからう必要がない、だから「自然」というのである。
(原文は、東本願寺発行の『真宗聖典』を参照した)
試訳をめぐって
原文
しからしむというは、行者の、はじめて、ともかくもはからわざるに、過去・今生・未来の一切のつみを転ず。
現代語訳
 「そのようにあらしめる」というのは、念仏の行者が、ことさらにあれこれとはからうことがなくとも、過去・現在・未来の一切の罪が転じられるということである。
 「しからしむ」とは、弥陀の用(はた)らき(他力)を表現した言葉である。しかし、それは人間から見れば全く思いがけないことであり、「はからわざる」ことである。そこに、「はじめて」という言葉が重要な意味をもつ。
 「はじめて」という言葉は、“真実信心”“回心”を表わしている。それは、「今だかつて計(はか)らわないなんてことは出来なかったのがはじめて…」ということである。自ら計らいを離れようとしても、それは計らいである。常に行者が、計らうということをやりだすのである。それが根源的に翻(ひるがえ)される。そういう全く起こるはずのないことが、ここにはじめて起こるというのである。現代語訳では、「念仏の行者が、」と点を入れることで行者の計らいではないということに配慮した。
 また、「転ず」については、悪いものを善くするというよりも、善悪を超えたものに触れさせることによって、悪にこだわらないということが開かれてくる、ということが確認された。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス