親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 現代の諸課題と対話する研究会
研究活動報告
現代の諸課題と対話する研究会
 「現代の諸課題と対話する研究会」は、現代が抱えるさまざまな問題に第一線で対峙しておられる方々との対話を通じて、今に生きる思想として親鸞思想を捉え直し、現代における仏教の役割を考えていこうと願うものである。
 本号では、2008年8月21日に池内了氏(総合研究大学院大学教授)をお訪ねして行われた対話の模様、及び同年10月21日に斎藤環氏(精神科医)をお招きして行われた対話の模様を紹介する。
「現代の諸課題と対話する研究会」発足の願い
  現代という時代がわれわれに課題として突きつけてくるものは多い。時代と真剣に対峙していこうとするなら、その課題を問うことなくして、現代社会に向かって言葉を発信していこうとしても無意味であろう。
 この研究会は、第一線で現代の課題と向き合っている有識者の方々との対話を通じて、現代とはどのような時代であり、現代に生きる人間が抱えている課題とは何であるかを、さまざまな立場の方々とともに考えていこうとするものである。
 現代という時代に生き、しかも親鸞仏教を自らのよりどころとして生きたいと願う私たちにとって、このことは現代における親鸞仏教の意義を問い直していくということに他ならない。この研究会を通じて、現代に生きる思想として親鸞仏教が今の時代に力強く立ち上がることを願うものである。
科学と宗教の対話の可能性 (池内了)
「引きこもり」 の若者に 「宗教」 の言葉は届くか (斎藤環)


親鸞仏教センター研究員 常塚 聴
■ 池内了氏との対話
  第1回の研究会は、総合研究大学院大学(神奈川県三浦郡葉山町)に物理学者の池内了氏をお訪ねし、「科学と宗教の対話の可能性」をテーマとして行われた。
 今回、池内氏をお訪ねするきっかけとなったのは、氏が2008年に出版された『疑似科学入門』(岩波新書)であった。現代の社会には、一見すると科学であるかのように装っていながら、実は科学の知見とは全く相反するものが存在している。一見、科学のように見えるために、現代社会の問題に真剣に取り組もうとしている教育者や宗教者のなかには、「善意」からそのような言説を取り込んでしまうという例もある。そのような「疑似科学(ニセ科学)」の影には詐欺商法や疑似医学といった問題も潜んでいる。社会の問題に取り組もうという「善意」が、詐欺や医療被害の片棒をかついでしまうことにもなりかねない。
 池内氏との研究会は、このような問題意識のもとで、「宗教と科学が対話するうえで、疑似科学の問題をどう考えるべきか」、「科学文明の中での宗教の役割とは何か」という課題をめぐって行われた。
 池内氏が対話の中で強調されたのは、「科学は人々の幸福を守るためにある」ということであった。「疑似科学」については、それは直接人々に被害を与えるものであり、「人間を不幸にしないように考えて行動することが科学者の使命だ」と強く批判された。また、科学的には必ずしも決着が付いていない問題に対しても、科学者としてそれが人間を不幸にするものにならないように留意しなければならない、と話された。
 「人間の幸福のために」という目標は、「抜苦与楽」という仏教が掲げる根本の目標とも同じ方向を向いているといえる。科学と宗教は、ともに人間の文化において欠くことのできない営みである。氏は、「世界の素晴らしさに感動し、それを愛でる気持ちは科学でも宗教でも同じではないか」と言われた。ともに長い時間に鍛えられた人間の英知の集合として、科学と宗教とが協調し合って、人類の抱える問題に取り組んでいく必要があるのではないだろうか。
池内 了(いけうち さとる) 総合研究大学院大学教授
1937年、兵庫県に生まれる。京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。2006年、総合研究大学院大学教授。銀河系を泡の集まりと見立てた「泡宇宙論」で知られる。著書に『宇宙のかたちをさぐる』(岩波ジュニア新書)、『お父さんが話してくれた宇宙の歴史シリーズ』(全四巻、岩波書店)、『疑似科学入門』(岩波新書)、『ノーベル賞で語る現代物理学』(新書館)など多数。
■ 斎藤環氏との対話
 第2回目の研究会は、ルノアール銀座三丁目会議室(東京都中央区)に精神科医・評論家の斎藤環氏をお招きし、「『引きこもり』の若者に『宗教』の言葉は届くか」というテーマのもとで行われた。
 ここ数年の社会の趨勢は「自由主義化」と「心理主義化」という言葉で言い表すことができるだろう。「自由主義化」とは、裏返せば、強者の論理であり、つまずいた弱者は際限なく転落していかざるを得ない。もう一方にある「心理主義化」とは、現実社会は自分の心の持ちようの反映であるとする傾向のことである。そうなると、現実の社会にむけられた問いは、自己の内面へと屈折させられる。その結果、人々は自分自身を追い込み、自分の殻の中に閉じこもらざるを得なくなる。
 そのような中で苦悩する人に、はたして何を語りかけ、何を伝えることができるだろうか。「言葉」に、そのような人に伝わる力があるだろうか。
 斎藤氏との研究会では、このような問題意識のもとで、「『引きこもり』はなぜ問題とされているのか」、「『引きこもり』問題にどのように関わればよいのか」「『言葉』は力を持ちえるのか」といった点をめぐって議論が交わされた。
 斎藤氏が強調されたのは、「引きこもり」を一部の異常な人の特異な現象ととらえるのは誤りであるということであった。斎藤氏によれば、「引きこもり」とは、現代日本の若者の典型的な行動様式のひとつである「内向性」が、極端な形を取ったものであり、この傾向を強くもつ人が、何らかの挫折をきっかけにして「社会的敗者としての自己イメージ」を固定してしまうと、 そのために社会的活動が疎外され、社会から背を向けているという現実がさらに自分を追いつめるという「負のスパイラル」に陥ってしまう。
 しかし、日本社会はこのような「内向的」な人間に対して非常に非寛容であると氏は指摘する。「引きこもり」を単なる怠け者、犯罪者予備軍と罵倒してマスコミで喝采を浴びる識者の中には宗教家を名のるものも多い。しかし、そのような「宗教」の言葉は、はたしてもっとも届けなければならないはずの「引きこもり」の若者のところに届いているだろうか。
 斎藤氏は、安易な教訓的メッセージは無意味であり、むしろ、存在を受容し、見守っているという「態度」そのものが必要であるという。 それはまた、苦悩の中にある人の力となり続けたいという願い、そしてそれを支える勇気と力ということでもあろう。それこそが、実は宗教に求められていることなのではないだろうか。
斎藤 環(さいとう たまき) 精神科医
1961年生まれ。筑波大学大学院医学研究科博士課程終了。医学博士。爽風会佐々木病院診療部長。思春期の精神臨床を専門とし、ひきこもり問題の臨床、啓蒙活動に携わる。著書に『社会的引きこもり―終わらない思春期』(PHP 新書)、『心理学化する社会―なぜ、トラウマと癒しが求められるのか』(PHP エディターズ・グループ)、『思春期ポストモダン―成熟はいかにして可能か』(幻冬舎新書)、『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか』(NHK ブックス)など多数。
Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス