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研究活動報告
聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
 現代においては「自分」ということがとても重要である。運動能力や知性、感性を磨き、スキルを身に付け、円滑なコミュニケーション能力を育むことによって、ぶれることのない確固たる自分自身を立ち上げる。そのための犲由瓩亙歉磴気譴討い襪箸いΑだが、それは逆から言えば、このように自立した責任主体にならなければ、社会に、他人に認めてもらえないということだ。私たちは、認めてもらえる自分を作り上げなければならない。
 しかし、生まれたときのことも知らなければ、死ぬときのこともまったくわからない私たちである。そんな私たちが、どこまで自分自身で立ち上がり、どれだけの責任を引き受けていくことができるだろう。終わりのない「自分が、自分が」というスパイラルに巻き込まれて、そのまま人生を終わっていくだけではないのか。
 「おのずから」の本願のはたらきは、我に縛られた私たちのありようを「おのずから」の状態に、おのずから帰す、という。大切なのはこのことなのだ、と親鸞は言う。今ここに、現に生きているということに、すでに存在の意味は与えられている。「南無阿弥陀仏」を聞くところに、存在の意味を聞く。私たちはただ、そこに始まる一歩一歩を歩むのだ、と。
(研究員 内記 洸)
『尊号真像銘文』試訳 7 >> PDF版はこちら

現代語
 「自致不退転(じちふたいてん)」の「自」は、「おのずから」ということです。「おのずから」とは、私たち自身の思いはからいではないということ、つまり如来のはたらきが私たちを導いて、そのままに「不退転」という位にいたらしめる、というのです。「自」とはつまり、「自然(じねん)」という言葉──「おのずから、しからしむ」──なのです。「致」とは、「いたる」ということであり、また、「何より大切なこととする」ということです。如来のはたらきは、ああしたいとか、こうしなければならないといった私たち一人ひとりの我(が)を破って、そのまま私たちを「不退転」の位にいたらしめる、というのです。このことこそ、如来の願いを聞き、「南無阿弥陀仏」を信じる人にとって最も大切なことなのだ、というのです。「不退転」──「決して退くことがない」──とは、迷いの世界を生きるこの身に、必ず「仏」になるということが証されるのです。いつまでたっても、どこまで行っても迷い苦しむ自分でありながら、そうしたわが身の事実を包みこんで、そのままにこの人生を歩んでいけるのだと、はっきりと定まる。大切なのはこのことなのだと心得なさい、と教えてくれている言葉なのです。
(訳:親鸞仏教センター)

原 文
 「自致不退転」というは、自は、おのずからという。おのずからというは、衆生のはからいにあらず、しからしめて不退のくらいにいたらしむとなり。自然(じねん)ということばなり。致(ち)というは、いたるという、むねとすという。如来の本願のみなを信ずる人は、自然に不退のくらいにいたらしむるをむねとすべしとおもえとなり。不退というは、仏にかならずなるべきみとさだまるくらいなり。これすなわち正定聚(しょうじょうじゅ)のくらいにいたるをむねとすべしと、ときたまえる御(み)のりなり。
(『真宗聖典』五一三頁)
■参考(頁はすべて『真宗聖典』)
◆おのずから / 衆生のはからいにらず
・また「自」は、おのずからという。おのずからというは、自然(じねん)という。自然というは、しからしむという。しからしむというは、行者(ぎょうじゃ)の、はじめて、ともかくもはからわざるに、過去・今生(こんじょう)・未来の一切のつみを転ず。転ずというは、善とかえなすをいうなり。もとめざるに、一切の功徳善根(ぜんごん)を、仏のちかいを信ずる人にえしむるがゆえに、しからしむという。はじめて、はからわざれば、「自然」というなり。誓願(せいがん)真実の信心をえたるひとは、摂取不捨(せっしゅふしゃ)の御(おん)ちかいにおさめとりて、まもらせたまうによりて、行人(ぎょうにん)のはからいにあらず。金剛(こんごう)の信心をうるゆえに、憶念(おくねん)自然なるなり。この信心のおこることも、釈迦(しゃか)の慈父(じふ)、弥陀(みだ)の悲母(ひも)の方便(ほうべん)によりて、おこるなり。これ自然の利益(りやく)なりとしるべしとなり。(五四八頁『唯信鈔文意』)

◆いたる
・すなわち往生(おうじょう)すとのたまえるは、正定聚のくらいにさだまるを、不退転に住すとはのたまえるなり。このくらいにさだまりぬれば、かならず無上大涅槃(むじょうだいねはん)にいたるべき身となるがゆえに、等正覚(とうしょうがく)をなるともとき、阿毘抜致(あびばっち)にいたるとも、阿惟越致(あゆいおっち)にいたるとも、ときたまう。即時入必定(そくじにゅうひつじょう)とももうすなり。(五三六頁『一念多念文意』)

◆致 / むねとす
・如来の本願を説きて、経の宗致(しゅうち)とす。すなわち、仏の名号(みょうごう)をもって、経の体(たい)とするなり。(一五二頁『教行信証』「教巻」)
・すべて、よきひと、あしきひと、とうときひと、いやしきひとを、無碍光仏(むげこうぶつ)の御(おん)ちかいには、きらわず、えらばれず、これをみちびきたまうをさきとし、むねとするなり。真実信心をうれば実報土(じっぽうど)にうまるとおしえたまえるを、浄土真宗の正意(しょうい)とすとしるべしとなり。(五五二頁『唯信鈔文意』)

◆不退のくらい / 正定聚のくらい
・また回向発願(えこうほつがん)して生まるる者は、必ず決定(けつじょう)真実心の中に回向したまえる願を須(もち)いて、得生(とくしょう)の想を作(な)せ。この心深く信ぜること、金剛のごとくなるに由って、一切の異見・異学・別解(べつげ)・別行の人等(ら)のために動乱破壊(どうらんはえ)せられず。ただこれ決定して一心に捉(と)って、正直に進みて、かの人の語(ことば)を聞くことを得ざれ。(二三四頁『教行信証』「信巻」「散善義」)
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