親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内研究員一覧
 HOME > 研究活動報告 > 聖典の試訳:『尊号真像銘文』研究会
研究活動報告
聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
 善導二つ目の銘文は、「南無阿弥陀仏」についての釈である。ただし、それは単なる語義や解釈の羅列ではなく、そこからはむしろ、何とも言葉に尽くしがたいような〝動き〟があふれ出している。「南無」が「発願回向」で「阿弥陀仏」が「行」だという、この言葉自体は、私たちの思考の枠には収まらない。善導や親鸞において、受け取られた「南無阿弥陀仏」は常に〝そこ〟を破り、動き続けているのだ。
 常に動いてやむことがないとは、私たちの生活も同様だ。しかし、それはもっと刹那的である。私たちの関心と欲求は、新しい獲物を目がけて次から次へと飛び回る。このありさまを、法然は一所に落ち着けない猿や馬に喩(たと)えた。どれだけ斬(ざん)新で革新的な発見も、どれほどダイナミックな視座の転換も、それだけではひとつの「流れゆくもの」、「移ろいゆくもの」でしかない。まったく違う、新たなものを求めているようで、実は「自分」という関心の枠のなかからは一歩も出られていない。
 精一杯手を伸ばした先にあるものは、今の自分に本当に必要なものだろうか。「南無阿弥陀仏」の言葉は「称えよ」ではなく「聞け」と言う。あれこれと口を開く前に、言葉が来るのを待たねばならない。 (元研究員 内記 洸)
『尊号真像銘文』試訳 24
「善導大師の銘文」(二)
>> PDF版はこちら

現代語
  「言南無者(ごんなむしゃ)」というのは、「帰命」という、本当に大切な言葉です。「帰命」とは、釈尊と阿弥陀如来からの呼びかけにしたがって、その願いそのままの心になる、という言葉です。私たちの思慮分別を超えた深い願いに、この身がすっかり翻(ひるがえ)される。ですから「即是帰命(そくぜきみょう)」だとおっしゃるのです。「亦是発願回向之義(やくぜほつがんえこうしぎ)」とあるように、この「南無」はまた、阿弥陀の世界に生まれたいと願う心なのだ、とおっしゃいます。「本当に帰るべき世界に帰りなさい」という、釈尊と阿弥陀如来の声を聞くのです。「言阿弥陀仏者」とは「即是其行(ごぎょう)」だと言います。「即是其行」とは、この心が法蔵菩薩の「願い」にほかならない、というのです。私たち一人ひとりの個人的な願いではなく、法蔵によって行ぜられ、選び取られた願いの心です〔注1〕。私たちの心を底から破って響いてくる、本当の願いの声を聞く。そこに確かに阿弥陀の世界が開かれているのだ、とおっしゃっているのです。「以斯義故(いしぎこ)」とは、阿弥陀の誓いにおいて間違いなく定まっているという、この意味によってこそ、というのです。「必」は必ず、「得」は得させる、「往生」とは阿弥陀の世界に生まれる、ということです。「必ず」とは、阿弥陀の世界に生まれさせるというこのことが「自然に」である、というのです。「南無阿弥陀仏」において初めて、あれこれと思いはからわずにはいられない私たちの生きざまが破られる。おのずからなる、如来の本願のはたらきなのです。

〔注1〕
・念仏を称えることなどまったく「行」とは言えないではないか(摂論家)、との批判に対し、善導は「阿弥陀仏」こそが行だと応えた。この言葉を親鸞は、法蔵の選択本願、阿弥陀の願力成就の内容として受け止めている。

原 文
 善導和尚の云わく、「言南無者 即是帰命 亦是発願回向之義 言阿弥陀仏者 即是其行 以斯義故 必得往生」(玄義分)
 「言南無者」というは、すなわち帰命ともうすみことばなり。帰命はすなわち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがいて、めしにかなうともうすことばなり。このゆえに「即是帰命」とのたまえり。「亦是発願回向之義」というは、二尊のめしにしたごうて安楽浄土にうまれんとねがうこころなりとのたまえるなり。「言阿弥陀仏者」ともうすは、「即是其行」となり。即是其行は、これすなわち法蔵菩薩の選択本願なりとしるべしとなり。安養(あんにょう)浄土の正定(しょうじょう)の業因なりとのたまえるこころなり。「以斯義故」というは、正定の因なる、この義をもってのゆえにといえる御(おん)こころなり。必はかならずという。得はえしむという。往生というは浄土にうまるというなり。かならずというは、自然(じねん)に往生をえしむとなり。自然というは、はじめてはからわざるこころなり。 (『真宗聖典』五二〇~五二一頁)
■参考(頁はすべて『真宗聖典』)

南無/帰命/二尊の勅命にしたがいて…
・しかれば、「南無」の言(ごん)は帰命なり。「帰」の言は、至なり。また帰説(きえつ)〔よりたのむなり〕なり、説の字、悦の音(こえ)、また帰説(きさい)〔よりかかるなり〕なり、説の字は、税(さい)の音(こえ)、悦(えつ)税(さい)二つの音は告(つ)ぐるなり、述(のぶ)なり、人の意(こころ)を宣述(のぶ)るなり。「命」の言は、業なり、招引(まねきひく)なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計(はからう)なり、召(めす)なり。ここをもって、「帰命」は本願招喚(しょうかん)の勅命なり。 (一七七頁「行巻」)
・それ、真実の教を顕(あらわ)さば、すなわち『大無量寿経』これなり。この経の大意は、弥陀、誓いを超発(ちょうほつ)して、広く法蔵を開きて、凡小(ぼんしょう)を哀れみて、選びて功徳の宝を施(せ)することをいたす。釈迦、世に出興(しゅっこう)して、道教を光闡(こうせん)して、群萌(ぐんもう)を拯(すく)い、恵むに真実の利をもってせんと欲(おぼ)してなり。 (一五二頁「教巻」)
・世尊、我(われ)一心に尽十方の無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生まれんと願ず。 (三一三頁「真仏土巻」『浄土論』)


発願回向/二尊のめしにしたごうて安楽浄土にうまれんとねがうこころ
・至心回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住せんと。 (二三三頁「信巻」『大経』)
・「云何(いかん)が回向したまえる。一切苦悩の衆生を捨てずして、心に常に作願(さがん)すらく、回向を首(しゅ)として大悲心を成就することを得たまえるがゆえに」とのたまえり。回向に二種の相あり。一つには往相、二つには還相なり。往相は、己(おのれ)が功徳をもって一切衆生に回施(えせ)したまいて、作願して共にかの阿弥陀如来の安楽浄土に往生せしめたまうなり。 (二三三頁「信巻」『論註』)
・「弘願」と言うは、『大経』の説のごとし。一切善悪の凡夫、生(しよう)を得るは、みな阿弥陀仏の大願業力に乗じて、増上縁とせざるはなしとなり。……仰ぎて惟(おもん)みれば、釈迦はこの方にして発遣(はつ けん)し、弥陀はすなわちかの国より来迎(らいこう)す。彼(かしこ)に喚(よ)ばい此(ここ)に遣(つか)わす。あに去(ゆ)かざるべけんや。 (二八三頁「証巻」「玄義分」)


即是其行/法蔵菩薩の選択本願/安養浄土の正定の業因
・「発願回向」と言うは、如来すでに発願して、衆生の行を回施(えせ)したまうの心なり。「即是其行」と言うは、すなわち選択(せんじゃく)本願これなり。 (一七七~一七八頁「行巻」)
・正定の業とは、すなわちこれ仏の名(みな)を称するなり。称名は必ず生まるることを得、仏の本願に依るがゆえに、と。
(一八九頁 同『選択集』)
・一切凡小、一切時の中に、貪(とん)愛の心常によく善心を汚(けが)し、瞋憎(しんぞう)の心常によく法財を焼く。急作(きゅうさ)急修(きゅうしゅ)して頭燃(ずねん)を炙(はら)うがごとくすれども、すべて「雑毒(ぞうどく)・雑修(ざっしゅ)の善」と名づく。また「虚仮(こけ)・諂偽(てんぎ)の行」と名づく。「真実の業」と名づけざるなり。この虚仮・雑毒の善をもって、無量光明土に生まれんと欲する、これ必ず不可なり。何をもってのゆえに、正(まさ)しく如来、菩薩の行を行じたまいし時、三業の所修、乃至一念・一刹那も疑蓋(ぎがい)雑(まじ)わることなきに由ってなり。この心はすなわち如来の大悲心なるがゆえに、必ず報土の正定の因と成る。如来、苦悩の群生海を悲憐(ひれん)して、無碍広大の浄信をもって諸有海(しょうかい)に回施したまえり。これを「利他真実の信心」と名づく。 (二二八頁「信巻」)


必得往生/自然に往生を得しむ/はじめてはからわざる
・「必得往生」と言うは、不退の位に至ることを獲(う)ることを彰(あらわ)すなり。『経』(大経)には「即得」と言えり、『釈』(易行品)には「必定」と云えり。「即」の言は、願力を聞くに由って、報土の真因決定(けつじょう)する時剋(じこく)の極促(ごくそく)を光闡せるなり。「必」の言は、審(つばびらか)〔あきらかなり〕なり、然(しからしむ)なり、分極なり、金剛心成就の貌(かおばせ)なり。 (一七八頁「行巻」)
・「則」というは、すなわちという、のりともうすことばなり。如来の本願を信じて一念するに、かならず、もとめざるに無上の功徳をえしめ、しらざるに広大の利益をうるなり。自然(じねん)に、さまざまのさとりを、すなわちひらく法則なり。法則というは、はじめて行者のはからいにあらず。もとより不可思議の利益にあずかること、自然のありさまともうすことをしらしむるを、法則とはいうなり。 (五三九頁『一念多念文意』)

Backnember ページトップへ
公開講座 親鸞思想の解明 現代と親鸞の研究英訳『教行信証』研究会
清沢満之研究会 「三宝としてのサンガ論」研究会
「正信念仏偈」研究会源信『一乗要決』研究会聖典の試訳『尊号真像銘文』研究会
近現代『教行信証』研究検証プロジェクトインタビュー
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターTwitter親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス