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研究活動報告
『西方指南抄』研究会
 『西方指南抄』は法然(1133~1212)の遺文を集める最初期のものである。『西方指南抄』の第一に収められる遺文が「法然聖人御説法事」(以下、御説法事)であり、所収遺文中で最も長大な分量を誇っている。この「御説法事」は法然の「逆修(ぎゃくしゅ)」法要時の説法の記録である。中世の死生観を考えるうえで重要な「逆修」の信仰であるが、法然は単に「逆修」の思想を受容しておらず、そこには明瞭な法然の問題意識が見られる。本研究会を始めるに際し、法然と「逆修」の問題を通して「御説法事」の思想基盤を確認する。

『西方指南抄』を紐解くにあたって

 親鸞仏教センター研究員 中村 玲太
1 「逆修」とは何か
 法然と「逆修」の問題を考えるうえで、そもそも「逆修」とは何か、ということを確認しておきたい。「逆修」の理論的根拠としてたびたび指摘されるのが『随願往生経』である(大正21、529頁上以下参照)。『随願往生経』は十方に仏国土を想定し、その十方国土にはいかにして往生しえるかを問題にした経典である。ここで往生の主体として問題にされるのは、臨終にある人と亡者であるが、『随願往生経』は生者の追福によって中陰にある亡者がいかにして往生できるか(亡者が福を受け取る原理)、ということに経説の大半を費やしている。そして、亡者を往生せしめる功徳があるのであれば、当然、自己の往生の助けともなるはずであり、ここから「逆修」の発想が登場する。自分が亡者となったときの親族の追福を頼みにするのではなく、あらかじめ(=逆)福徳を修しておこう、として登場するのが「逆修」なのである。
 『随願往生経』は浄土三部経とはずいぶん違う往生思想であるが、「逆修」の思想は広く日本の中世において浸透していた。特に日本においては「七分全得」という語が中世の願文に頻出する。これは、亡者に追福すると七分の一の功徳が亡者に行き、残りの七分の六は追福を行う生者のものとなる、という思想から、亡者となった自分を想定して追福、つまり「逆修」を行えば、七分の七の功徳が得られるというものである。
 この前提となる追福する側……七分の六、追福される側(亡者)……七分の一、という思想は先の『随願往生経』や『地蔵菩薩本願経』が根拠とされる。しかし両経とも生前における亡者の行いを問題にして、「不信道徳」、罪業のある者はいくら亡者となった後に親族から追福を受けたとしても、七分の一しかその功徳を得られないことを説くものである。つまり、亡者であるから追福を七分の一しか受け取れないのではなく、生前の行いが問題で十分に功徳を受けられないだけなのである。換言すれば、生前に「不信道徳」でない者は、親族からの追福を七分の一以上受け取れるはずである。亡者の生前の行いを抜きにして固定した功徳の配当を想定するのは、『随願往生経』や『地蔵菩薩本願経』の原旨から飛躍した発想である。両経から飛躍した「七分全得」の思想がすでに『閻羅王(えんらおう)受記経』(中国の道真受持本)に見られることから、中国からの影響も含めて改めて「逆修」の思想体系について検討する必要があろう(日中で無関係に論理が飛躍した「七分全得」の思想が生まれたとは考えがたい)。これは今後の研究に期したい。
2  法然と「逆修」
 中世においても時期によって「逆修」の形態には幅があるが、「四十九日」が一般化していったようである。「逆修」中において、「一七日」や「二七日」という節目で法要が営まれたが、そのときには阿弥陀仏、釈迦、薬師如来などさまざまな仏、菩薩が本尊とされ、また『法華経』など諸経が奉納された。これに対して法然の「逆修」法要の特徴は、弥陀一仏を本尊とし、所依の経典を『大無量寿経』、『観無量寿経』、『阿弥陀経』の浄土三部経に定めたことである(大谷旭雄『法然浄土教とその周縁』坤、533頁にすでに指摘がある)。法然は「逆修」法要中に、徹底的に弥陀一仏の功徳を讃嘆し、浄土三部経について詳説しているが、これは従来の「逆修」に対する法然の「選択」の意志と言えるであろう。
 法然における「逆修」の意義づけについては種々に論じられているが、私見を述べておきたい。法然は「逆修説法」において、「此逆修五十ケ日間供仏施僧之営、併寿命長遠業也」(古本『漢語灯録』本、昭和法全250頁)としている。『随願往生経』の「逆修」には延命の功徳も意図されていることはすでに指摘されているが、『随願往生経』における「逆修」の主眼はあくまで往生にある。日本においても後生の菩提を願って「逆修」が行われてきた例がほとんどであり、法然が「逆修」を「寿命長遠業」に限定して解釈しているのには法然独自の意図があると見るべきであろう。法然はおそらく「逆修」の功徳を認めつつも、「逆修」と弥陀浄土への往生を関連づけたくはなかったのではないだろうか。このことは「逆修説法」以外において「逆修」の語られる唯一の法然遺文である「往生浄土用心」からもうかがえる。「往生浄土用心」には、「一。七分全得の事、仰のままに申けに候。さてこそ逆修はする事にて候へ。さ候へは、のちの世をとふらひぬべき人候はんも、それをたのますして、われとはけみて念仏申して、いそき極楽へまいりて……」(昭和法全、560頁)とある。法然は「逆修」の功徳は認めつつも、「それをたのまず」念仏して極楽を目指すことを説くのであり、「逆修」と弥陀浄土への往生とは峻(しゆん)別(べつ)すべき、という意図がうかがえる。法然にしてみれば人から請われた「逆修」を機縁にして念仏往生を開顕することも厭(いと)わなかったのであろうが、その法要は「逆修」と弥陀浄土への往生との峻別が大前提にあったと言えよう。
3 「逆修」と「御説法事」
 「御説法事」は「乃至」による省略が非常に多いが、そのなかでも「逆修」関連のことはすべて省略されている。もちろん、『漢語灯録』等の「逆修」の記述のほうが後世の付加とも考ええるが、しかし「御説法事」が「逆修」法要時の説法であるという大枠までを否定することはできない。つまり、「乃至」が親鸞の手に依るものならば、ここに「逆修」を敬遠する親鸞の意図が読み込めるのである。仮に「乃至」が親鸞の手に依らずとも、「御説法事」の編者が「逆修」を敬遠していたと十分に推察される。このような「逆修」への態度は、法然に端を発した「逆修」観の一展開として注目される。
 以上のように、法然は「逆修」という中世に浸透していた思想とせめぎ合いながら浄土教を明らかにせんとしていた。「御説法事」を読むうえで、このような法然の苦闘を背景として成立した遺文であることを念頭に入れるべきであり、本研究会でもこの点を注意して研究を進めていきたい。
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