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ブックレビュー(書評)
2021年11月
『英国の仏教発見』
著 フィリップ・C・アーモンド
訳者 奥山倫明

[法蔵館文庫 2021]


我々の先輩の仏教の訓詁的、論題式の古き研究に対して、梵語[サンスクリット語]や、巴語[パーリ語]や、西蔵語[チベット語]の原典と、……マクシュミュラ、ウェーベル、ロイマン、ユーエル、ケルン、オルデンベルヒ、ドイッセン、グルンウェデル、ビガンデッド、ビルヌフ、セナール、シルバンレビー、ラッセル、プーサン、リス・デビット等の諸先生が遥かに陰に陽に我明治仏教研究に与えて下されたその功績は、実に偉大なことだと思う。……しかし我々は今日仏教の研究上どうしても、ここに更に新しき出立点と進路とを有さねばならぬことになって来たと思う。

 これは真宗大谷派の学僧・佐々木月樵(1875 – 1926)の大正13(1924)年の論考「仏教文化と教化」からの一節だ(復刻版『佐々木月樵全集』第5巻、国書刊行会、1973年、556頁)。佐々木月樵は周知のとおり清沢満之の直弟子で、暁烏敏と多田鼎と共に「浩々洞の三羽烏」の一人として知られ、精神主義運動や雑誌『精神界』の編集・刊行などに活躍。上記の論考をまとめた年には京都の大谷大学学長に就任している。
 この一節を冒頭に掲げたのは、上の文章に列拳されている19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパの著名なインド学者・仏教学者らのうち、マックス・ミュラー、ラッセル、オルデンベルクら半数近くがこれから紹介する『英国の仏教発見』に登場するからなのだ。佐々木はこれら西洋の先人たちを称えているが、同時に「いずれも言語的であり、釈尊を中心とする所の歴史的研究」であって、教理の面でも「南方仏教即ち小乗教の研究を出なかった」と批判している。
 実は『英国の仏教発見』は、まさに佐々木が指摘するような西洋の仏教研究黎明期の足跡をたどるスリリングな一冊だ。ビクトリア朝(1837 – 1901)前後の英国を中心に、当時の英国の文化・思想・社会と仏教研究の密接な絡み合いを豊富な資料と事例で詳しく描き出し、またその限界も指摘している。以下、その一端を紹介したい。

 西洋の植民地行政に関わる人物らが「仏教」と出会ったのは18世紀末から19世紀初頭。本書を見ると、1820年代ごろまではブッダやその教えについてはまったく五里霧中の暗中模索だった様子が窺えておもしろい。例えば、「ビルマ人たちはヒンドゥー教徒であるが、ブラフマーの信奉者ではなくブードゥー派で、ブードゥーは……神の第九の化身あるいは子孫と認められている」との英国外交官の混乱気味の報告が紹介されている(40頁)。「ブードゥー派」というのが仏教徒で、「神の第九の化身」というのはヴィシュヌ神の化身(アバター)の一人としてのブッダだろう(ヒンドゥー教では一般に、ヴィシュヌ神にはクリシュナ、ラーマ、ブッダなど10の化身があるとされている)。
 また、当時のインドでは、ブッダはヒンドゥー教の神々の中では異端の厄介な神だと認識されていたという。しかし英国人らはやがて、インドで「ブードゥー」の評判がすこぶる悪いと感じたのは、情報源としてもっぱら(偏見の著しい)ヒンドゥー教徒に依存していたからだと気づいたという。Oh, my dear! そんな英国人らのため息が聞こえてきそうである。

  やがて多くのパーリ語経典の発見により、1850年代には文献学に基づいた新たなブッダおよび仏教のイメージ構築へと時代は移る。一見、近代的で学問的だが、実はこのあたりが本書の帯の文言、「仏教」は「西洋の机上で誕生した?!」ということとも関わるからおもしろい。
 (今度はヒンドゥー教徒の代わりに)パーリ語経典のテキストにもっぱら依拠して作り上げられていったブッダや仏教のイメージは、極めてストイックかつ道徳的なものになった。おかげでそうした理想的な姿に照らして観察された当時のインドやセイロン(現在のスリランカ)や中国の仏教徒たちの実情は、活力と自信あふれるビクトリア朝の前向きな時代精神とは反対に、怠惰で放恣で停滞的という東洋のイメージを生んでしまったと著者は指摘する。ビクトリア朝のインテリ紳士のお歴々も誠に勝手なものである……と思いつつ、因習的で堕落した仏教の現状を嘆いた明治・大正期日本の仏教者たちの声も思い出す(例えば井上円了)。

 本書ではほかにも、西洋の人々にとって大きな関心事だった仏教と無神論・有神論、輪廻の思想と進化論・宇宙論、ヒンドゥー教の視点から見られた「涅槃」など(それは「吸収」という奇妙な概念で理解されたという)、刺激に満ちたテーマが次々と考察されていく。話の大筋としては、おおよそ1870年代までには今日のブッダや仏教のイメージに近いものが確立されたということだが、本書の最後の第6章では、仏教は「福音への備えだ」という興味深い考え方が考察されている。
 西洋の人々にとって、仏典に表れたブッダや弟子たちの教説や行動は(特に倫理的に)称賛に値した。だがキリスト教の支配的な地位を譲り渡すわけにもいかないし、進んで仏教に改宗したくなったわけでもない。そこで、仏教を「キリスト教の福音に向けて神が定めた準備」と捉えたというのだ(291頁)。仏教は「未了義」な「方便」で、キリスト教こそ「了義」の教えだという、西洋流の壮大かつ空想的な「教相判釈」とでも言うべきか。

 最後に再び佐々木月樵に戻ってみよう。佐々木は冒頭で掲げた一文のあとで、追究すべき新たな仏教研究のありかたについて次のように指摘する。

東方仏教をば、そのまま東方仏教として、直ちに之を研究することである。……仏教もまた文化の所産たる以上は、一方には之をその国民やその歴史やその生活やに則したそのままの所に置きて考察すべき必要がある。

 『英国の仏教発見』でも著者のフィリップ・アーモンド氏は、「19世紀の欧米の全体が、東洋を東洋として評価し利用し、それを東洋的なものとして尊重し査定する能力がなかった」と指摘する(82頁)。そうした過程の次の、来るべき新しい時代のまさに入り口に立っていた佐々木月樵の洞察にはっとする。
 では「仏教」を「発見」した「イギリス」あるいは西洋はその後、東洋の仏教をそのものとして見ることができたのだろうか。そして私たちもまた、身勝手な枠組みやフィルターを通さずに、さりとて現状の安易な追認・擁護や賛美に陥ることなく、仏教を見つめることができているだろうか。読了後、そんなことを思った。
 本書は今夏(2021年7月)に出版された出来立てほやほやの邦訳書だが、原書(Philip C. Almond, The British Discovery of Buddhism)の出版は1987年。すでに30数年も前だから、英語の文体は格調高いがやや古く、表現も時に晦渋である。訳者の奥山倫明博士はそれを誠実に、かつ論旨を明快に伝える訳文を工夫して、日本の読者に届けてくれた(多数登場する西洋の人物にも簡潔な訳注がついていてありがたい)。まさに古くて新しい、貴重な一冊だと思う。

伊藤 真(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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