脚本家
今井 雅子
(IMAI Masako)
「脚本家の仕事を動詞ひとつで言い表すと?」
講演のつかみに、この質問を投げかけている。真っ先に挙がる答えは「書く」だが、書くことと同じくらい「話す」ことに時間と労力を割く商売である。三時間の打ち合わせで話し合ったことを踏まえ、三時間かけて原稿を書くといった具合だ。話すことと対になる「聞く」も欠かせない。物語のモデルになる人物や職業について取材したり、世の中の声を拾ったり。執筆には「調べる」が欠かせない。膨大な資料を「集める」のも「読む」のも取材であり、読んで字のごとく「取って来た材料」を使い勝手のいいように整理したり並べ替えたり「まとめる」までが、料理で言うところの下準備。それを「組み立てる」のが調理で、「ひらめく」のは味つけといったところか。作業には終始「考える」が伴い、何度も「直す」「磨く」を経て脱稿、納品となる。
次々と動詞を挙げたが、これらを「動詞ひとつ」でくくるとしたら何だろう。そんな都合のいい動詞などあったっけと首をかしげる方もおられるかもしれない。
「脚本家の仕事を動詞ひとつで言い表すと?」へのわたしの答えは「つなげる」だ。これはとても懐の深い動詞で、世の中のほぼすべての動詞をくるんでしまう。なぜなら、どんな行為にも原因や結果があり、その行為だけが切り取ったように存在することはないからだ。「食べる」ことも「寝る」ことも命をつなげ、明日につながる。書き続けられる体さえあれば定年のない脚本家は、体が資本。よく食べ、よく寝ることも脚本家の大事な仕事だ。企画や自分自身を制作会社やテレビ局に「売り込む」。完成した映画やドラマを「広める」。企画が売れ、作品という商品が売れると、次の作品につながり、首がつながる。脚本の書き方を「教える」のは、次の世代へ技術をつなげることだと言える。
「つなげる」ためには、「接点を見つける(ときには作る)」必要がある。アイデア、知識、情報、人脈、自分の中にあるもの、外から取り寄せたもの。無数にある選択肢から何と何を選び、どう組み合わせるか。そこに作り手の個性が表れる。わたしの場合は「なんで?」「そんで?」と母国語の大阪弁で問いかけながら接点探しをする。「なんでこの組み合わせが面白いのか?」「そんで何が起こるのか?」と。その作業は連想ゲームによく似ている。
生まれ育った大阪府堺市を舞台にした映画『嘘八百』(2018年公開)は、古美術商と陶芸家の落ちぶれコンビ(演じるのは中井貴一さんと佐々木蔵之介さん)が千利休の幻の茶碗をでっち上げて一攫千金を企むコメディだが、骨董にも歴史にも明るくないわたしは「何も知りません。何でも教えてください」と白旗をバサバサ振って、その道の達人に教えを乞うた。その一人が、堺市博物館の名物学芸員・矢内一磨さん。一を聞いたら十返ってくる十倍返しのほとばしる熱量と話芸の持ち主で、専門は一休さんだが、千利休のことを聞くと万利休になって返ってくる。
「何を言ってるかわからないが面白い」と武正晴監督が目をつけ、当初の脚本にはなかった「学芸員」という新キャラが誕生した。矢内さんの口調そのままに学芸員のセリフをわたしが書き、矢内さんの生き写しのような暑苦しい学芸員を塚地武雅さんが熱演された。神出鬼没の学芸員は続編の『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020年公開)でも存在感を放っている。
矢内さんとは『嘘八百』が生まれる数年前に小中学生を対象にした脚本講座をご一緒したご縁がある。しゃべり倒す矢内さんのそばにいると酸欠症状を訴える人もいるらしいが、わたしは一日一緒にいても平気で、矢内さんには「同じくらいしゃべる」好敵手として認められている。「YANAIとIMAIには『I(愛)』があります」という謎の一体感も抱いていただいている。
このエッセイを寄せることになったのも、矢内さんの紹介だ。矢内さんが親鸞仏教センターの飯島さんと登壇された一休寺でのトークイベントを配信で楽しませてもらった数日後、「あのときの飯島さんから、なんか書いてほしいと依頼が行きます」と連絡があった。
顔合わせの打ち合わせで「脚本家という仕事について」または「ショートショート」のお好きなほうでと依頼された。出席者の中に、わたしがnoteというプラットフォームで公開している「さすらい駅わすれもの室」を読んでくださっている方がいらっしゃった。小さな駅の片隅にひっそりと佇むわすれもの室を舞台にした掌編シリーズだが、「もしも親鸞さんがわすれもの室を訪ねるとしたら、探しものは何でしょうね」という話になった。今回は「脚本家という仕事について」をテーマに書いてみたが、読者の中に「親鸞さんのわすれもの」をひらめいた方が現れたら、そこから新たな物語を書き起こしてみよう。それもまた「つながる」だ。
(いまい まさこ・脚本家)
脚本家。主な脚本作品に映画「パコダテ人」「子ぎつねヘレン」「嘘八百」シリーズ、ドラマ「失恋めし」「ミヤコが京都にやって来た!」「てっぱん」、アニメ「おじゃる丸」、教育番組「昔話法廷」など。著書に小説『嘘八百』シリーズ、絵本『わにのだんす』など。