第110回「自然の浄土」④

 環境としての浄土を、主体の外側に存在するかのごとくに教えて、それを衆生に要求させる教え方、それが浄土教の教相である。それを衆生は自己の体験の中にいかに定着でき⋯ 続きを読む

第109回「自然の浄土」③

 「顕浄土(けんじょうど)」(『顕浄土真実教行証文類〈教行信証〉』を一貫する課題)として、大悲心の回向を衆生が受けとめること、これは本願力の表現を凡夫が受けとめ⋯ 続きを読む

第108回「自然の浄土」②

 今日、「浄土」と言えば死後の世界と同義語のように日本語に定着し、それが一般的な共通理解になってしまっている。親鸞の時代に、どれほどこの観念が民衆に定着していた⋯ 続きを読む

第107回「自然の浄土」①

 『無量寿経』が語りかける「浄土」の教えが、長い年月にさらされ風土化した日本の仏教文化のなかで、生きている人間存在にとっての積極的なはたらきを失い、死後の救済の⋯ 続きを読む

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